2009年10月21日

失敗社長「失敗人生を想う」



失敗社長「失敗人生を想う」

私が中学生の頃には
隣接する十数件が焼ける大火で
本店が全焼。

倒産する5年くらい前には
支店が漏電で全焼。

まるで何かに祟られているのか
父が前世の行い余程悪かったのか

そんな艱難辛苦を
乗り越えてきたたはずなのに

なぜ倒産から再建という道のりを
果たす事ができ無かったのだろうか・・・

それは失敗を
避けようとしたことに原因があった。

本来の実力を出し切った結果では
なかったことに問題があった。

倒産の原因になった不正な
取引についても

誰も責任を取らないで
再建計画は開始されてしまった。

戦国時代のような同族間の紛争も
まるで何事も無かった様に

誰一人その問題に
言及するものはいなかった。

自分たちの力の無さを認めないで
「あぁすればよかった」
「こぉすればよかった」
とまるで身にならない後悔ばかりしている。

私自身も再建会社も
運命と厳しく対峙することなく

そこで立ち止まって
不毛な日々を過ごしていた。

だから前進する事が出来なかった。
失敗を反省して教訓にする事ができなかった。

だからその後の人生は
ひたすら努力した。

もうこれ以上
出来ないというところまで
頑張った。

そんな悲壮な想いで努力した結果は
その割にはあまり芳しくない。

しかし「ここまで生きてきてよかった」
と思える日々がある。

「失敗をどう捉えるかで
       人生は全く違ってしまう」

そんなことを
最近しみじみと感じている・・・



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2009年10月18日

失敗社長「失敗社長の過去があったから・・・」


失敗社長「失敗社長の過去があったから・・・」

再建社長時代は
気が滅入ることばかりなので

ついつい楽な生き方を
夢見たり望んでしまった。

お世辞とわかっていても
甘い話をする人と好んで付き合っていた。

本来やらなければ
いけないことをズバッと突かれると

それだけで胃がキリキリと痛んで
しまうからだ。

その場しのぎでサラ金から
お金を借りているようなものだから

一時は楽になっても
辛さはジワッと増してくる。

再建会社の改革も
同族連中の顔が浮かんでくるだけで

胃液がこみあげて
胃を焼かれるような気分になり
サッパリ進まない。

問題から逃げてばかりで
何とか解決しようなんて気持になれないで

楽なほうに楽なほうに生きて
結果は地獄のほうに進んでいた。

だから再建会社は破綻した。
だから不幸な結末になった。

そんな経験をしたから
もう逃げるのは止めようと思った。

誰にどう思われようと
誰にどう言われようと
そんな生き方をするのを止めようと思った。

しかしそんな風に考えを変えて生きても
人生そう簡単にハッピーエンドにはならない。

しかし胃液は上がってこない。
後悔ばかりで深い溜息をつくこともない。

大変だけど辛い人生ではない。

もう誰かに何かされると
怯えて生きなくてもいい。

悩みを解決して
乗り越えられる方法は

失敗社長経験があったから
今の自分があると認めることだった。




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2009年10月15日

失敗社長「どんな事でも出来る」


失敗社長「どんな事でも出来る」

自分の人生を呪い
誰かに貶められたと恨みつらみで生きる

苦しくて苦しくて
とても耐え切れなかった。

だからそんな人生もこんな人生も
自分の人生なんだと

全て受け入れることで
逆に苦しさから逃げられた。

でもまぁここまでだろう。

これでも野垂れ死にするよりは
まだ何ぼかましな人生だ。

孤独に苦しんだ
再建社長の10年間と比べれば
まるで天国みたいだ。

そんな想いで、何かモヤモヤした状態で
人生を歩んできたが

過去を洗いざらい告白することで
自分を変えることが出来た。

「いくらかましな人生には出来るかな?」
とは密かに想っていた。

自分を変えるなんて
自分の人生を変えるなんて

そんなとんでもないことが
出来るはずもない。

出来ないことをいくら夢見ても
想いが叶わなかったとき

失望したそんな自分を見るのは
もう二度と厭だ。

正直そんな気持で生きていた。

しかし洗いざらい
はらわたから何からぶちまけてみると
失うものなど何もなかった。

逆に長年の便秘が治ったような
スッキリとした気持になった。

必要なのは想うことだった。

自分の人生は変えられる。
自分にも出来ることは幾らでもある。

自分は幸せになっていい。
自分はもっと幸せになっていい。

自分で制限して
自分で諦めて
自分で自分の限界を決めていた。

いま60才を超えて
どんなことでも想えば出来るような気がしている。

もちろん寿命というものがあるだろうから
それとのマッチレースだ。

第4コーナーを回ったところでの急加速で
劇的な勝利を掴めるのか?

勢いあまってハンドリングが出来ずに
大転倒レースになるのか?

いずれにしても
いまさら失うものなど何も無い。

「どんなことでも出来る」と信じて
やるだけやってやろうと想っている・・・




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2009年10月13日

失敗社長「誰も頼らず誰も恨まず


失敗社長「誰も頼らず誰も恨まず」

再建会社を自分の手で消滅させた後で
新しい人生を歩こうと思い

全く商売違いの
記帳代行業と言う職業を選んだ。

正確に言うと
そんな冷静な状態ではなく

人生を賭けての
大博打という感じだった。

職業はと聞かれて
「記帳代行です」と説明しても

「それ何?」と
怪訝な顔をされることが殆どだった。

それでも敢えて
以前とは全く違う仕事を選んだのは

仕事をやり直すのではなく
人生を生き直したかったからだ。

その為には
以前のあらゆる人間関係を

出来る限り排除して
新しいスタートをしたかった。

「こんな人生になぜ巻き込んだ」
と父を恨む人生にはもう辟易していた。

恨みながらも
認めてもらおうとしている

そんな酷い人生は
もう続けられないと思った。

「自分は惨めだ」と
延々と話し続けていると

本当に地獄の底に
引き込まれるような気持になる。

まるで能力が無く
惨憺たる結果しか出せなかった。

だけどそれを認めることにした。
出来ない自分を認めることにした。

生きることに疲れ果てて
自分が進むべき生き方がわかってきた。

そして誰も頼らず誰も恨まず
生きて行こうと思った・・・




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2009年10月11日

失敗社長「真実は未だわからない」


失敗社長「真実は未だわからない」

いまだからわかる。

辛い事を正面から受け止めて
生きていけば

最後には楽になれる
幸せになれる。

辛い事から逃げ出せば
一時的には楽になるけど

まるで闇金から
借金しているみたいに

やがて何十倍もの
苦痛を味わうようになる。

いまだからわかる。

あまりにも多くの
失敗を経験してきたから

逃げ出しては
いけないことがわかる。

しかし修羅場を
覚悟するのは容易ではない。

酒に逃げたり
放蕩を繰り返したり

そんなことで自分の気持を
誤魔化そうとしたこともあった。

そんなことで問題が解決するのなら
苦労なんてしれたもんだ。

結局辿り着いたのは
自分の人生に対する見方を変える
ということだった。

「なぜこんな酷い人生に俺を巻き込んだ」と
父を恨むのをやめた。

「例え1%でも自分にも選択した責任がある」
と考えることにした。

周りに感謝されなくてもいい。
良くやったと声を掛けられなくてもいい。

自分のこころのままに
自分の生きたいように生きてやる。

そんなことがわかったのは
ここ数年前だった。

時間がかかる。

どう生きればいいのかか
わかるまでにあまりにも時間がかかる。

しかしそれが私の能力であり
それが私の人生なんだからしょうがない。

生きるというこは辛いことが多い。

これでもか、これでもかというほど
押し寄せてくることもある。

だから辛い辛いとばかり言っていると
もっと辛くなる。

だからそれをどう切り抜けたかを
楽しむことにした。

その一つ一つを切り抜けた自分を
褒めてやることにした。

失敗に明け暮れた人生を
他人と比較しないことにした。

そしていま人生で
一番前向きに生きている自分がいる。

この年になってようやく
自分の生き方がわかってきたのか・・・

超楽観的なとぼけた性格が
そうさせているのか・・・

真実はもう少し経ってみないと
自分でもわからない。






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2009年10月09日

失敗社長「重荷が生きる力になった」


失敗社長「重荷が生きる力になった」

再建社長になって身の程を知るまでは
「本気になれば出来ないことは何も無い」

などと恐ろしいほど自信過剰で
奢った考えをしていた。

若さゆえと
いう至らなさはあったかも知れない。

しかし今考えると自分一人で
人生に立ち向かうという

そんな気概が欠如していたのが
最大の原因だった。

そして重荷を背負わされたという
被害者意識で

自分で自分を消耗させて
人生を後戻りしていた。

それが10年も続いて
恨みで生きる人生はあまりに辛くて

自分を呪うようなことだけは
やめようと思った。

しかし「これが自分の宿命なんだ」
とまでは考える事が出来なかった。

なんて酷い人生なんだろうと思った。

なんで自分だけがこんな罰を
受けなければいけないんだろうと思った

しかし何とか逃げ出さずにすんだ。

しかし何とか自殺しないで
生きてこられた。

滅多打ちにされた
押さえのピッチャーのように

マウンド上で立ち往生していたが
交代してくれとだけは言わなかった。

60才を超えて
未だ華々しい成果は何も出ていない。

しかしあの辛い期間を耐え切れたことが
生きる支えになった。

凌いで凌いで生きた10年間があったから
それが生きる自信になった。




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2009年10月07日

失敗社長「人間関係を切って生き直す」


失敗社長「人間関係を切って生き直す」

負債30億で父の会社が倒産して
再建社長に指名されてから10年目に

自分の手でその会社を
消滅させることを自分一人で決めた。

同族の幹部との果てしない抗争に
疲れ果ててしまったこと

前社長の父を恨むことで
エネルギーを使い果たしてしまったこと

自分の経営能力が無いことを
思い知らされたこと

形あるものも無いものも
全て売り尽くして

会社も自分も
スッカラカンになってしまったこと

決意した理由は数え上げれば
キリが無いほどあるが

一言で言うと
「人間関係を切って生き直す」
ということだった。

周りがどうの、誰がどうのと
言ってみても

その連中に認められたいと
言う気持ちが常にあった。

不満を持っている相手に認められたいという
矛盾に満ちた気持でいたのは

あまりにも
自分に対する執着心が強すぎたからだった。

相手を見ずに
認めてもらいたいと思っていた。

相手を選ばずに
認めてもらいたいと思っていた。

だからこんなことをやっていては
自分の人生は埒が明かないと思った。

だから親子関係であろうと
何関係であろうと

全てぶった切って
生きるということをやり直そう。

それで受ける返り血は
全て自分が引き受けよう。

勿論親子関係は
切ろうとしても切れるものではない。

創業者であり前社長である父を
事業家としての存在は全く認めない。

後は父との間は
親子の情愛だけで生きればいい。

それで生き直すことが出来た。
迷路から抜け出すことができた。

人生の修羅場を
避けて生きようと思ったことで

生き方をみつけるのに
こんなにも長い時間をかけることになった。

問題を解決する意思が無く
認めてもらうことが目的の人生だったから

楽しい事なんか一つもなく
苦しい事ばかりの長い時間だった・・・





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2009年10月05日

失敗社長「60才の目覚め」


失敗社長「60才の目覚め」

晴天の霹靂で
30才で再建社長になった。

負債30億で倒産した会社を
建て直すという

とんでもない
重責を担うことになった。

失敗を恐れず
果敢に挑戦しなければいけなかったが

大胆な改革を果たす事も無く
10年間で再建会社は終わりを告げた。

最後の3年間は絶望の時期だった。

それは一重に
自分が裸になれなかったからだ。

同族経営の問題もあった

再建計画のハードルの高さもあった。

前社長の父との対立もあった。

再建が失敗した原因は
数え上げればキリが無いほどある。

しかし一番認めたくなかったのは
自分の能力が無いということだった。

自分が望んでなった再建社長じゃない。

私が命懸けで頑張っているのに
なぜ皆はわからないんだ。

もともと再建なんて
出来るはずもなかったんだ。

そんな気持でいるから
中々出口が見つからない。

そして長い葛藤の果てに
失敗の最大の原因は自分だと

ようやく認めることが
出来るようになった。

それからもう20年も経って
60才になった今は

失敗することは
恥ずかしくも何とも無い。

大体100やった内
99は失敗しているのだから

失敗なんかに拘っていたら
生きていけない。

もともと失敗社長なんだから
新しいことに挑戦して失敗しても

挫折するどころか
次への挑戦の起爆剤に出来る。

失敗を恐れず
挑戦しなければいけなかった若い時は
結果に拘って結局失敗してしまった。

年寄りの冷や水と
言われる様な年代になって

今度は失敗を恐れず
挑戦するという気持ちになれている。

自分の劣勢を認める事で
逆に心に余裕が出てきている。

失敗社長経験も長い人生で見れば
まんざら無駄ではなかった。

最近そんな風に感じている・・・




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2009年10月03日

失敗社長「貧乏なこころだった」


失敗社長「貧乏なこころだった」

倒産して再建社長になったことで
それまでのぬるま湯の様な人生が終わった。

信用と信頼の失墜で
あらゆる人間関係が急変した。

それまでの仕入先が債権者になり
頭を下げてお願いする立場が逆転した。

その時になって初めて分かったのは
如何に自分が尊大に振舞っていたかということだった。

なんだかんだ言っても
「自分は社長の息子でございます」

と言う考えがこころの底にあるから
傲慢無礼な自分に気がついていなかった。

米搗きバッタのように
相手にお願いをする立場になって

自分の馬鹿さかげんに
ようやく気がつくことが出来た。

金銭的な状態も急変した。

それまで当たり前のように
期日が来れば手に入っていた給料も

今度は毎月毎月自分が調達して
支払わなければいけない。

家も何もあらゆる物を
売り払ったから

今度は家賃というものが
発生してくる。

それでなくても債権者に対して
謝罪の意思を表すのに

大幅な賃金カットを実行していたから
それはもう声も出ないほどの変化だった。

しかし一番変わったのは
自分のこころの貧しさだった。

いや変わったと言うよりは

それまで如何に貧しいこころで
生きてきたかに気がついた。

日頃から自分を厳しく律して
生きるという事にはまるで無関心で生きていた。

だから周りの環境が急変すると
それは恨みや憎しみになった。

経済的に貧しいから
貧しいこころになってしまうんだ。

お金さえあれば
もっと高潔に生きられるんだ。

そんな酷い考えだから
愚痴や溜息ばかりの毎日だった。

それがとんでもない間違いだと
気づいたのは

10年目に再建会社を
自分の手で消滅させた時だった。

経済的に良い時であろうと
悪い時であろうと

真正面から自分が出来る事を
精一杯行う。

そして現実から
絶対に逃げ出さない。

「状況が悪い時こそ
  こころ豊かに生きなければならない」

ということが身に染みてわかった
失敗社長経験だった・・・




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2009年10月01日

失敗社長「不運だけど不幸じゃない」


失敗社長「不運だけど不幸じゃない」

いま比べると再建社長時代の方が
ずっと苦しかったのに、辛かったのに

「助けてくれ」と素直に
表現する事が出来なかった。

それは苦しみの原因が
恨みつらみから来ていたからだ。

なぜこんな人生に巻き込んだと
前社長の父を恨み

その取り巻きの同族を
心底恨んでいた。憎んでいた。

その炎が燃えさかっていたから
助けを求められなかった。

進退極まって
心は悲鳴をあげているのに

どうして良いかわからず
途方に暮れていた。

しかし今は誰にでも
助けてくれと素直に言う事ができる。

こんなとこが至らない人間だから
どうか助けてくれと言える。

それは再建会社を消滅させたあの日に
恨みつらみの生き方は止めようと思ったからだ。

恨みや憎しみで自分を
駆り立てて生きようと思っても

辛すぎて生きられない
悲しすぎて生きられるものではない。

だから自分の運命を
呪って生きることは止めた。

だから自分の能力の無さを
嘆いて生きることは止めた。

まるで仕事が出来ない自分も
努力を続ける事ができない怠惰な自分も
全て受け入れる事にした。

能力が無いのに頑張りだけで生きる
そんな人生に決別した

その日から不運な人生だけど
不幸な人生ではなくなった・・・



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2009年09月30日

失敗社長「幸せの形」


失敗社長「幸せの形」

倒産した直後は不思議と恐怖感が
募らなかった。

それはあまりの事の大きさに
呆気に取られていたということもあった。

しかし債権者集会も数回を重ねて
再建社長として指名され

しかし再建計画が現実のものになってくると
私の心境も一変した。

現実にこんな返済が出来るのか?

再建計画が破綻したら
もう立ち直れないんじゃないか?

父とそれを取り巻く同族が
不正な取引にのめり込んでいったのも

いま思えば恐怖感が嵩じて
不正の事実を隠蔽したのが原因だった。

苦し紛れの最後のあがきが
逆に倒産へのスピードを加速させた。

再建社長としての私も
破滅する恐怖感に毎日おののきながら
10年目に会社を消滅させた。

形あるものは全て失った。

これほどまでに力が無いのかと
完膚なきまでに打ちのめされた。

しかし落ちた先は地獄ではなかった。

それまでの人生が
全て否定されたわけではなかった。

己の器量を自覚して
自分にとって何が幸せなのか
見直せということだった。

それから20年
自覚した通りの商売下手で
相変わらず金の苦労は尽きない。

しかし無いものねだりを
してばかりいた頃の焦りは全く無い。

自分にあるもので勝負して
日々精一杯生きればそれでいい。

失敗と挫折を繰り返して
私が得たものは

幸せの形は人それぞれに
違うんだということだった。




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2009年09月24日

失敗社長「失敗の原因は自分の人間性だった」


失敗社長「失敗の原因は自分の人間性だった」

父の会社が倒産して再建社長になり
その会社を今度は自分の手で消滅させた。

しかしその当時は
失敗して挫折した原因は

実は自分の人間性にある
ということに気がついていなかった。


確かに負債30億で父の会社が倒産したことは
とんでもない事実で

何をどうやっても簡単に結論が出る
問題ではない。

失敗した事実を悔やんでいた。

いくら考えても再建社長なんて
みっともない生き様だと本心では思っていた。

家も無く金も無く
信頼すべき部下もなく

一人で苦しむ毎日は
負け犬根性を骨の髄まで染み込ませていた。

再建社長になったことを悔やんだ。

人生の大きな分岐点でとんでもない
選択の間違いをしたと思った。

今考えれば
よく離婚されなかったと思うほど

滅茶苦茶な状態で
失敗を悔やんで日々を過ごしていた。

自暴自棄になり
荒んだ生活が3年も続いた。

そこでようやく気がついた。

長い人生では失敗も挫折もある

そんな経験をしているのは
自分ひとりではない。

恥ずかしいのは
失敗した事実ではなく

それを克服しようと言う気持ちに
なれなかったことだった。

再起を目指して頑張ろうという
気持ちになれなかったことだった。

自分が全力を
出し尽くした結果であれば

むしろ自分を誉めてやらなければ
いけなかった。

その上で同じ轍を踏まないように
反省して再挑戦すればいいんだと気が付いた。

再起を目指すために一番大事なことは
自分は変われるんだと信じて

あくなきリベンジの気持ちを
持ち続けることだということがわかった・・・






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2009年09月22日

失敗社長「嫌がられても趣味は家族」


失敗社長「嫌がられても趣味は家族」

「趣味は何ですか」と聞かれると
「家族」と答える。

もちろん家族には
ひんしゅくをかっている。

あの再建社長時代には
まるで家庭を省みなかったのに

今更白々しく何を言っているのか!!

と言うのが家族全員の意見かもしれない。

そんな家族の批判を恐れず言わせてもらうと
「家族によって命を救われた」と自分は思っている。

倒産しての苦労は数々あるが
最大の問題は社内の人間関係だった。

不正な取引に手を染めた
前社長の父や

それを取り巻く同族とは
如何にしても心が通い合う事はなかった。

今までの悪いところは改めて
膿を出し切れば再起できると信じていた。

しかし親子関係
おじ甥の関係、従兄弟同士など

まるでサファリパークのように
放し飼いで同族が跋扈していたのでは
手の打ち様がなかった。

良かれと思ってやったことも
曲解されて

社内の人間関係は
ますます泥沼の様な状態にはまり込んでいった

病巣多くして
医者一人ということになり

何の治療も手術も出来ず
10年という時間を無為に過ごしてしまった。

そんな苦しみの中で
徘徊をしている私を見捨てずに

ひたすら私の復活を
待っていてくれたのは家族だけだった。

家族の前でだけは裸になれた。
妻の前でだけは涙を流すことができた。

見栄も体裁も面子も構わなくていい
場所があったから

何とかかんとか
生き延びることができた。

だから全てのものを失って
再建会社を消滅させ

それから再起を図る時でも
思ったのは家族の為に生きるということだった。

だから家族に必要以上に
ベタベタして嫌がられても

「趣味は家族」ということは
私の紛れも無い本音のハナシだ・・・




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2009年09月19日

失敗社長「逞しく生きるために」


失敗社長「逞しく生きるために」

倒産して失ったものは数々あるが
わたしにとって一番影響が大きかったのは

再建方針で全面的に対立して
父との信頼関係が失われたことだった。

普通の会社の社長と後継者であれば
長い時間をかけて

社長としてのあるべき姿を
教えてもらえたかもしれない。

しかし県内史上最高の
負債額での倒産という事実は

そんなことをふき飛ばしてしまい
逆に激しい対立の芽を生んでいた。

今まで生きてきた結果を
何とか形あるもので残したい父と

倒産から再建と言う矛盾の中で
折り合いをつけなければいけない私とでは
まるで接点が見つからない。

そしてそれは憎悪にかわっていった。

「なぜこんな酷い人生に私を
         巻き込んだんだ」

「なぜ私だけこんなに辛い目に
    あわなければいけないんだ」

そんな風に心がかき乱されて
自暴自棄の毎日になっていった。

半期半期で弁済をして
処分できる資産は全て売り尽くすと

当然のことながら
再建会社がずぶずぶと泥沼に沈んでいった。

倒産してから10年目に
腐った木が倒れるように再建会社は終息した。

父を恨み時代を恨み
自分がこの世に生まれてきた事まで
恨んでいたが
もうこんな生き方は辞めようと思った。

自分の不運を
誰かのせいにして生きるのでは

あまりにも辛くて
生きられないと思った。

幸せになるのには
これはどうしても通らなければいけない
道なんだと自分に言い聞かせた。

これを乗り越えれば
少しはましな人生が待っているんだと
自分を励ました。

そんな思いで
この時期を乗り越えられたのが

その後の人生を
生きていく自信になった。

それからも決して
平坦な道のりではなかったが

トラブルを正面から解決してきた事で
たくましく生きられる様になった。

「自分の弱点を自覚して
    それを直して生きて行けばいい」

いま思えば
実に単純な事なのだが

本心から納得する為には
長い長い時間が私には必要だった・・・。




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2009年09月17日

失敗社長「弱点をひた隠しにして生きていた」


失敗社長「弱点をひた隠しにして生きていた」

再建社長時代は
やりたくない仕事ばかりの毎日で

その中でもひたすら努力していたが
しかめ面ばかりだった。

自分の力が
どれほどあるかと言うことを
知れば知るほど

本音は不安で不安でたまらないのに
背伸びして見栄を張っていた

そんな再建社長では
社員の心に何も届くはずもなく
疎外感がかさんでいった。

幸せになろうと言う気持ちは
人一倍強いのに

リアルの人生は
逆に不幸なことばかりだった。

それが変わったのは
自分の弱点を認めた時からだった。

せっかく訪れた再建のチャンスを
自分の手で消滅させてしまった時からだった。

あれも出来なかった。
これも出来なかった。

本気でやれば出来ない事など
何も無いと思っていた。

しかし幾ら本気になっても
まるで成果はあがらなかった。

そんな自分の弱点を認めた。
いや認めざるを得なかった。

青天白日のもとに全ての結果が
さらされてしまったのだから

どうのこうの言っても始まる
話ではなかった。

無理をして自分を良く見せようという
必要も無くなった。

すると体の中から
ガスでも抜けていった様に
こころが軽くなった。

まるで駄目人間になった
はずなのに

日々の生活では楽しいと思える
時間が増えていった。

弱点を隠していた時には見えなかった
人の優しさが

弱点をさらけ出してみると
心にしみるようにわかってきた。

あれほど手に入れたかった
幸福感は

まるで駄目な自分を素直に
認める事で

少しだけ
感じられるようになってきた。

そして人の気持も
少しだけわかるようになってきた。

「無理をしないで素直な気持で生きる」

簡単そうだが生まれつき欲張りの
私にとっては時間のかかる作業だった・・・




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2009年09月15日

失敗社長「受け入れるのに必要だった3年間」


失敗社長「受け入れるのに必要だった3年間」

倒産したとは言っても
まさか再建社長になろうとは
全く予想していなかった。

まぁ40才も近くになったら
世襲の2代目なんてことになるのか

それとも同族経営のごちゃごちゃで
閑職に閉じ込められるのか

そんなことが大体想定内の
ハナシだった。

市内に2000坪もあった土地も
最後の一坪まで売り払い

金融関係の債務は完全に
返済したが

それで今後の支援を受けられると
言うことにはならなかった。

無借金だが、手元資金が全く無くて
小切手や手形が発行できない再建会社が
野原に立ち尽くしている様な状態だった。

再建計画がものの見事に失敗して
影も形藻無く消滅させることになったのも
自分としては考えられない結末だった。

自分の心の傷の深さも
予想を遥かに超えていた。

はなから無傷で済むなんてことは
考えてもいなかったが

しかし此れほどまでに
経営能力が無いとは・・・

前社長の父とここまで
対立しようとは・・・

そんな受け入れ難い事実が
自分の心を深く深く傷つけた。

何で自分だけがこんな酷い目に
あわなければいけないのか・・・

自問自答しながら
飲み屋街をまるで野良犬のように
さま迷っていた。

そんなことが3年も続いた後
ようやく自分を受け入れる事ができた。

傷つかないような
強い人間になろうと思っていた。

自分はそんな強い人間になれると
思っていた。

しかし現実は
まるで駄目な弱い人間だった。

だけどそう認めたから
生きる覚悟みたいなものが湧き出てきた。

中途半端でなく
死ぬほど落ち込んだことで

自分を責めるという
生き地獄から抜け出ることが出来た・・・



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2009年09月11日

失敗社長「失敗を受け入れて」


失敗社長「失敗を受け入れて」

父の会社が
負債30億で倒産した時は

同時に国内の
同業者数社も破綻した。

あるメーカーが仕組んだ
まるで手形詐欺のような手口に

多くの手練の経営者が
ものの見事にひっかかってしまった。

手口は実に巧妙だった。

過去の取引を振り返って
あの時は良かった、この時は良かったという
昔話からそれは始まる。

巧なり名を遂げたと
持ち上げられて賞賛されて

父がいい気持に
されてからの取引だから

ここで勝負は
決まっていたのかもしれない。

叩き上げの社長の弱点を
冷静に分析して

「オレの方が偉いだろう」と
誇示したい心理を計算づくで利用した。

だから「助けてくれ」と懇願して
情に訴える芝居をする。

苦労して会社を興した社長は
「それじゃぁ助けてやろう」と

気分よく
甘いハナシに乗ってしまった。

自分より
力が無いだろうと思っていたヤツに
まんまとはめられてしまった。

そんな父を
止める事も出来ずに

息子の私と二人そろって
奈落の底へ転がり落ちていった。

そんなところから私が這い上がれたのは
再建社長になって

自分の無能を認めることに
なったからだ。

「言うは易く行うは難し」と
先人はよく言ったもので

真面目にやろうとすればするほど
結果がまるで出ない。

それも10年間の長きににわたって
幾多の失敗を繰り返すと

これが自分の
弱点だ欠点だというところが見えてくる。

否も応もなく
そんな自分の無能力を認めざるを得ない。

するとあの破廉恥な
セールスマンに騙されて倒産したことも

騙すほうだけではなく
騙されるほうにも原因があることがわかった。

あんなヤツに騙されてこんな
苦労をしていると思うと

口惜しいし
地団駄を踏みたいくらいだ。

しかしあんなヤツに貶められた
自分達の愚かさを

本心から認めた事で
なんとか活路が開けてきた。

騙されて大失敗をしたことは
紛れも無い事実なんだと受け入れたことで

その失敗で自分の人生が
全否定されるわけではないということも
心に刻み込む事ができた・・・



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2009年09月09日

失敗社長「含蓄のある妻の意見だった」


失敗社長「含蓄のある妻の意見だった」

「子供とは血が繋がっているけど
貴方とは他人よ」と

初めて妻に言われた時には
何て情が薄い人間だと思った。

しかし身の回りのことや
私の健康などは案じてくれるから

愛想をつかされたのでは
無いんだと思った。

あまり物事を
深く考えない性格の私は

しばらくたってから
妻の言わんとすることに気がついた。

私がこんなに愛しているのにと
妻に言っても

私はそれほどでは無いよと
返事が来るかもしれない。

私の自堕落な性格も
妻はそんなに気にしていないかもしれない。

それぞれが100%理解し合うなんて
所詮無理なこと。

だから上手くやっていく為には
お互いに踏み込まない部分や

お互いに尊重する部分を持つ事が
不可欠なんだよということだった。

自分は再建社長時代に
人間関係のしがらみで苦しんだくせに

その後の人生ではなぜ私という人間を
理解してもらえないんだと周りに甘えていた。

人間不信になっているくせに
理解してもらえないと不満を持っていた。

人間同士は理解し合えるという
前提からスタートしていた。

だから夫婦でも
キッチリと型にはめたように

同じ考えで
生きるのは当然だと考えていた。

しかし夫婦でも中々理解し合えないんだ
とハッキリ認識すると

まるで理解し合っているように
スムーズに生きて

いけるんだということに
ようやく気がついた・・・



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2009年09月07日

失敗社長「自分なりの人生でいい」


失敗社長「自分なりの人生でいい」

勝ち組と負け組、お金持ちと貧乏人
成功した人と失敗した人

二極化した時代と言ってしまえば
それまでだが

こんな潤いの無い砂漠のような社会など
本当は誰も求めていないはずだ。

心が満足していれば
充分幸せになれるということを

みんな分かっているはずなのに
楽しくないように、楽しくないように
不満をうず高く積み上げている。

幸いワタシの場合は
失敗につぐ失敗の人生なので

少しの成功でも
いたく満足する事ができる。

失敗の渦中にいるときは
マイナスのパワーが体中を駆け回っていて

ストレスが洋服を着ているような
酷い状態だった。

しかし60才を過ぎて
自分の寿命はあと何年なのか
何十年なのか

ひょっとして
100才くらいまで生きてしまうのか
そんなことを考える。

するとつまらないことで
悩んでいる暇は無いと考えるようになってきた。

あいつが気に入らないとか
こいつが気に食わないとか

そんなことに拘るより
「こう生きればいい」という自分を持って
淡々と過ごせばいいと思えるようになってきた。

お金がたくさんあるわけでもない。
ピカピカの高級車を持っているわけでもない。

しかし何とか
その日その日は暮らしていけるわけだから

自分のペースで
根の張った生き方をしていければ
それでいいと思う。

そんな辛気臭いことを考えていると
不思議と元気が出てくる。

しかもモリモリと出てくる。

人生の引き際を考え始めると
逆に元気が出てくるというのは

とんでもない
失敗人生を重ねてきたからなのか・・・

生まれつきの
異常なほどのノー天気な性格からなのか・・・

とりあえずいまのところは
こんな人生で良かったと思っている。



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2009年09月05日

失敗社長「50代と60代の違い」


失敗社長「50代と60代の違い」

59才と60才では驚くほど
考え方も気持が違っていることに気づいた。

50代のときは
何となくいつまでも生きられるような
気がしていたが

60代になると
自分の寿命には限りがあると
感じるようになった。

限定付の寿命なら
好きなように生きなければ
もったいない。

そう考えると使えない通帳を
後生大事に持っているような生き方は
くだらなく思えた。

だから色々なものを
捨てなければいけない。

自分の過去を掘り返して
ぐだぐだ言っている暇はない。

周りの評価を期待して
生きていてもしかたがない。

自分が満足できる
生き方であればいい。

形あるものは何もかも失った
失敗続きの人生だった。

正直不運な
人生だったとは思うけど

何となく不幸な人生だとは
思わなくなった。

講演でいままでの
失敗人生を語る事がある。

これが自分の心の持ちように
かなり効果がある。

格好ばかりつけていた生き方で
自分で自分を生き辛くしていたことが
よぉ〜くわかる。

頑張ったけれど
幸せになれなかったと嘆いてばかりいた。

だけど必要なことは
ささやかな成功でも満足できる
人間になることだった。

60代には60代の
楽しい生き方があるということに
ようやく気がついた・・・




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