2010年04月01日

ごあいさつ


【人生リベンジ倶楽部】イメージムービー



失敗社長!今瀬保男の七転び八起きBLOGにご来訪いただき、ありがとうございます。


私は30歳で負債総額30億の借金を背負い、文字通り「失敗社長」の道のりを歩いてきました。


「そんな自分の失敗体験をブログで公開することで、何かしら人の役に立てることもあるのではないか」
「みんなが私のような失敗はしてほしくない」


そんな思いから、このブログを立ち上げることになりました。

本業では個人事業主の確定申告をサポートする記帳代行サービスを行っており、その中で「今瀬ヤスオのやすらぎ無料相談」と銘打ったメール相談には24時間365日、さまざまな相談が寄せられます。


なかにはビジネスと関係のない悩みや相談をもちかけてこられるかたもいらっしゃいますが、私でお役に立てるならと、どんな質問や相談にも答えるようにしています。


この度、メール相談だけでは対処しきれないほどお問い合わせが増えてきたことを受け、リバティハウスの新たな事業として、人生相談コーチングサービス人生リベンジ倶楽部をオープン致しました。

どうぞ、いつでもお気軽にお声がけください。





<サービスのご案内>

■記帳ドットコム
--当社サービス案内のほか、青色申告10万円控除(アオジュー申告)の解説、今瀬ヤスオの「やすらぎ無料相談」など様々なコンテンツで個人事業主の皆様をサポートしています。

■リバティハウス株式会社
--創業20年、のべ3000人以上の個人事業主に確定申告をサポートしてきた実績。記帳代行サービスの申し込みはコチラからどうぞ。


■人生リベンジ倶楽部
--ビジネス、家庭、人間関係など、人生でぶつかるあらゆる問題をサポートし、解決へのお手伝いをするコーチングサービスです。


■メディア掲載履歴
--日経新聞、日経ベンチャー他、各種メディアへの掲載履歴はこちら。


■ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
--ライブドアパブリッシングより発売中です。


liberty_house at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!

2009年07月05日

失敗社長「失敗でも納得できる人生」


失敗社長「失敗でも納得できる人生」

再建社長時代は周りの
誰もかも信じることなど出来なかった。

自分で自分を
信じることも出来なかった。

そして幸せと言うのは
金がたくさんあることだと
理解していたから

幸せと言うのは
社会的に成功することだと
理解していたから

再建社長では幸せの「し」の字さえも
ありつけないと思っていた

とにかく降りかかった災難を払いのけて
生き延びなければならないと思っていた。

まるで自分の意思を持たずに
防戦一方の毎日だった。

だからどんな結果がでても
満足感を得られることがなかった。

人から与えられることばかり
期待していた。

しかもその要求は段々大きくなる。
だからいつも達成感がない。

こころの満足がない。

というよりも
こころの満足と言うのがわからない。

だからいつも不幸の真っ只中にいた。
いつも焦燥感が体中に充満していた。

再建社長の10年間が過ぎた。

恨みつらみと憎しみで
自分の運命を呪っていたのでは
苦し過ぎて生きられなかった。

だからそんな
人生とは決別しようと思った。

自分の意思で
過去への執着を断ち切った。

精一杯生きればいい。
全力を出し切って出た結果は
潔く受け入れようと思った。

それから20年が経ち
華々しい成果は何も出ていない。

結果は失敗に終わるかもしれない。
そんな人生になるかもしれない。

しかし自分の意思で選んだ道だから
少しも後悔はない。

それが自分の人生なんだと
全てを受け入れられる。

いま今の自分を信じることが出来る。

あの酷い
失敗と挫折の過去があったから

今の自分がここにいるんだなと
思うことが出来る。

自分の能力の足りないことを
知れば知るほど

自分を抑えて
我慢すればするほど

こころが安らいでくる。

自分を信じることで
自分を愛することが出来るようになった・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 05:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年07月03日

失敗社長「自力矯正型ツール」


失敗社長「自力矯正型ツール」

今は失敗社長ブログを書きながら
日々自分自身を悔い改めているから
いくらか根性が普通になってきた。

真ともになったキッカケは
HPで自分の失敗人生を洗いざらい
告白したときからだった。

その時初めてわかった。
「こんな辛い人生だったけどお前は良く頑張った」
そう誰かに言って欲しかったことを。
そう誰かに認めて欲しかったことを。

そんな気持ちが10年も15年も
こころの奥に潜んでいたのが初めてわかった。

40才で再建会社を消滅させて
如何に自分が力が無いかということを認めたとき
自分のこころの決着はついたと思っていた。

しかし自分のこころの問題は
そう簡単に矯正されてはいなかった。

自分の力以上の評価を
受けようとする傲慢な気持ちが

相変わらず
巣くっているのがわかった。

こんな苦労の人生は
もっと評価されていいという本心が
あるのがわかった。

しかし失敗社長ブログを書いていると
あんな失敗をしていた

こんな考え違いをしていた
ということが良くわかるようになる

それを本音でブログで告白すると
その度にこころが落ち着く。

至らなかった自分をブログで反省すると
洗濯機にかけたように
こころが綺麗になった気がする。

そして誰が支持してくれなくても
誰が認めてくれなくても

真っ当な生き方を
しようと思うようになる。

失敗社長ブログは
ついつい考え違いをして
横道に逸れようとする性格の私を

常にまともな道に引き戻してくれる
自力矯正型のツールだと思う・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年07月01日

失敗社長「ウソをついている内は見えなかった」


失敗社長「ウソをついている内は見えなかった」

再建社長になったとき本音を言えば
自信はなかった。

きちんと自分を
見詰めて生きていなかったから

自信があるとか無いという
以前の問題だったのかもしれない。

だから他人を
ありのままに見ることが出来なくて

さも自信ありげな格好の良い
そんな人と求めて付き合っていた。

本物と偽者の
区別がまるでつかなかった

しかし時間が経過するとともに
自分の弱点に気がついてきた。

それを隠そうとして
他人に気取られないようにして
自分にウソをついていた。

すると虚勢をはったり、人を中傷したり
偉そうな奴ばかり周りに集まってきた。

自分のこころのスキがあったから
自分からそんな偽者に迎合していった。

そんな心の貧しい10年間が過ぎて
再建は大失敗の結果になった。

自信も何も木っ端微塵に打ち砕かれて
身も心も素っ裸にならざるを得なくなった。

そこで初めて他人が
素直に見れるようになってきた。

自分にウソをつかなくなって
はじめて自分にウソをついている人を
見分けられるようになってきた。

他人の思いやりも
素直に受け入れることが出来るようになった。

他人を思いやる優しい気持ちが
自分の心から湧き出てくるのを感じた。

経営者としての能力が無いのは
身にしみてわかった。

そして能力が無ければ無いなりに
ひたすら努力して生きればいいんだと思った。

60年の大失敗人生だったが
自分に正直に生きる術を見つけることが出来た。

そして心優しい積極的な人達と
深く付き合えるようになって

「こんな人生もありかな」
と思えるようになってきた・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月29日

失敗社長「使えば使うほど増えていく」


失敗社長「使えば使うほど増えていく」

再建社長の10年間は
失敗と挫折の連続だったが

自分で失敗に向かって
突っ走しっていたようにも思える。

とんでもない
高いハードルの再建計画だけど

やるだけのことはやってみようと
兎に角スタートした。

きちんと再建計画を見詰めたら
それだけで絶望しそうで
正直深く考えたくなかった。

失敗の恐怖から逃れたかった。

再建が失敗したら
どうやって生きていくのか・・・

全ての資産を売り払っても
なお返済額には届かないことは
紛れもない事実だ。

再建が失敗したら・・・

家も無い。金も無い。
会社が無くなれば、日々の収入も無くなる。

どうやって食っていくんだろう。
妻に渡す生活費はどうして稼ぐんだろう。

考える、止める、考える、止める
そして不安が増幅してきて
集中したものの考えが出来なくなった。

失敗の恐怖の餌食になった。

飲めない酒を飲みに
毎晩毎晩夜の巷をさ迷っていた。

そんなことを繰り返して
自分でも自分に愛想が尽きてきた。

こんな弱い人間なんだから
失敗しても当たり前だ。

何て俺は能力が無いんだろう。
意気地無しな人間だ。

そこまで落ちてようやく
自分の気持ちに決着がついた。

ありのままの自分を認めた。
泣きたくなるほど辛い人生なんだと認た。

だから他人も恨まなくなった。
自分の不運な人生を呪うこともしなくなった。

心も体も
腐りきった酷い状態だったけど

ここが底なんだだと
不思議と落ち着いてきた。

自分で自分を
孤独な状態に追い込んでいたのがわかった。

ひとりで不幸を背負っている人生だと
嘆いていたんだとわかった。

失敗人生になることを恐れて
失敗を繰り返していたことがハッキリわかった。

いま中小企業家の集まりで
世話焼きジイサンみたいなことをやっている。

他人のために
エネルギーを使っているのだが

結果として自分のエネルギーも
増えていることに気がついた。

生きるエネルギーを温存しようと
チビチビ使っていたが

使えば使うほど
増えて行くもんだとわかった。

悩み多いときは
人との付き合いもしたくなくて

そんな機会は出来るだけ
避けていた。

しかし心を許せる仲間との語らいが
こんなにも生きる力を与えてくれるとは
まるでわかっていなかった。

いま100年に1度と言われている
厳しい環境の中で

この閉塞感を打ち破るのは
他人の為に自分を使うということだと思う。

だってあの
ボロボロだった失敗社長が

日に日に若返るように
生きる力が湧いてきているのだから・・・




にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 05:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月27日

失敗社長「苦しいときに効く薬は・・・」


失敗社長「苦しいときに効く薬は・・・」

何で自分だけが
こんな辛い目に会わなければいけないのか

神様は不公平だ。

周りにいるろくでもない奴ばかり
いい思いをしている。

そんなことを嘆いている
再建社長の10年間だった。

それでも最初の内は懸命に
生きる努力をしていた。

しかし毎日辛いの苦しいのと
言っている内に

不安な気持ちが体中に充満して
心ここにあらずという感じになってきた。

足が地に着いてない。
努力もしないでひたすら嘆く。

そしてそんな自分を
努力していない自分を認めない。

そんな奴に
生きるエネルギーは出て来ない。

いつか不安に怯えて
心身ともに疲れ果ててしまった。

そんなとき
誰かに話を聞いてもらいたいと思った。

相談になんか乗ってくれなくてもいい。

どうせ誰も回答の仕様の無い
酷い状態だとは自分でもわかっている。

だから
どうしたほうがいいとか
こうしたほうがいいとか

そんなことは
教えてくれなくてもいい。

一瞬でもいい。一秒でもいい。

この抱えすぎた
重い荷物を一緒に持ってもらいたい。

ずっ預かってくれなどと
図々しいことなんか言わない。

一時預かりでも構わない。

頑張れ!頑張れ!と言われても
もうこれ以上頑張れない。

結果は出ていないし、力の無いことは
思い知った。

でも頑張っているんだから
結果躓いているんだから
頑張れと言われることが一番辛かった。

そんな苦しいところから
抜け出せたのは

そんな人生でも自分の人生だと
丸ごと受け入れようと思ったときからだった。

すると不思議なことに
人の人生との比較をしなくなった。

人の幸せを妬まなくなった。

何か生きていく目標が
出来ていくような気がしてきた。

そんな思いをしてきたから
前よりずっと人の話を聞けるようになった。

生まれつき喋りたがりやの私が
まるで母親のように「うん、うん」と言って
話を聞けるようになった。

挫折したとき、失敗したとき
こうしろとか、ああしろとか言われるより

ひたすら話を聞いてもらえることが
何よりの栄養剤だと経験したからだ・・・




にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 05:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月25日

失敗社長「ノーと言って延びた寿命」


失敗社長「ノーと言って延びた寿命」

再建社長を引き受けたのは
今考えれば無謀な決断だったが

その当時は何とか
やればやれるような気がしていた。

もちろん根拠があっての話ではないから
2〜3年もすると

その曖昧な自信みたいなものは
木っ端微塵に砕け散っていた。

自信のなさは人への期待になって
誰かに幸せにしてもらおうと思っていた。

周りに嫌われたくないと言う自分を
作っていった。

不安な気持ちを打ち消すために
頑張った。

自分に鞭打って頑張った。

しかし誰も
幸せにはしてくれなかった。

10年目にこころも体も
ボロボロになって燃え尽きた。

そこでようやく気がついた。

誰も俺の人生に責任は持ってくれない。
自分の人生は自分の責任だ。

だから誰にどう思われようと
もうやりたくないことはやらない。

誰に嫌われて
どう大変なことになろうとかまわない。

いままでは期待に応えられない自分を
認めたくなくて「ノー」と言えなかった。

「ノー」と言ったら
取り返しのつかないほどの大打撃を
自分の人生に及ぼすと思っていた。

しかし何も
大変なことは起こらなかった。

誰かに嫌われる
ということも起こらなかった。

生まれてきたときは
何も持たずに裸だったのだから

もとの姿に戻ったと思えば
何も怖いものは無いと考えるようになった。

失うものなど何も無いはずなのに
失うことを恐れていた。

とにかく捨てることだった。
身軽になったら怖いものは無くなった。

堂々巡りの10年間を過ごして
ようやく「ノー」と言える自分に出会った。

20〜30年は寿命が延びたように
こころが軽くなったときだった・・・





にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 04:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月23日

失敗社長「アラ還の妄想?」


失敗社長「アラ還の妄想?」

昨年の12月で60才になったが
色々な書類で年齢を記入するときに

59才と書くのと60才と書くのが
こんなにも気持ちが違うのかと驚きがある。

59才のうちは何か
いつまでも生きられるような気がしていたが

60才になった途端に
精々生きても後20年の80才かと
寿命を判断している。

もっとも今迄の自堕落な生活の影響で
体はメタボの限りを尽くしている。

実際の寿命はもっと短いかもしれないが
生来の呑気な性格だから

まぁ大体その位かと
神のみぞ知るということで楽観している。

しかし5年前に55才で失敗人生を公開してから
心の様子はかなり変わってきた。

それまでは使えない通帳のようなものを
後生大事に身に着けていて

昔はこの通帳には
沢山残高があったのになどと
密かに郷愁に浸っていた。

波乱万丈の人生だったけど
最後は綺麗にまとめようなどと
ケチくさい考えでいた。

失敗続きの人生に蓋をして
本当の気持ちは誰にも言わず
あの世まで持って行こうと思っていた。

だからその苦しさが
心の重荷になり不安な気持ちが生まれていた。

こんなに失敗して
失敗の達人のはずなのに

この後に及んで
まだ失敗したら恥をかくと思う気持ちがあった。

しかしこんな風に生きた結果
自分の人生は行き詰ったんだと公開してから
その苦しみは無くなってきた。

失敗社長ブログを書くたびに
薄皮が剥がれる様に気持ちが軽くなった。

講演で失敗人生を語るたびに
肩の荷が下りたような気持ちになった。

私自身が拘っているほど
世間は私を真剣にみつめているわけではなかった。

こんな人生も悪くないなと思えてきた。

人生終盤にかかってきてから
自分の失敗経験を告白したことで

毎日の生活で深く感じたり感動したり
することが多くなった。

60才になってから
未知の世界への期待感なんてものが
出てきている。

団塊世代の「アラ還の妄想」なのか
只の変な親父の突然変異なのか

いづれにしてもワクワクした気持ちで
毎朝目覚めがあるのを感謝している・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 05:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月21日

失敗社長「自分を欺いて生きて苦しんだ」


失敗社長「自分を欺いて生きて苦しんだ」

倒産した会社の
再建社長になったことは

本意であろうとなかろうと
避けられる状況ではなかった。

問題はそれを綺麗ごとで
まとめようと考えたことだった。

経験も知識も
何もかも足りなかったのだから

あるがままの姿で
生きていけば苦しむことはなかった。

力足らずで出来ないことは
恥も外聞も無く助けを求めればよかっのに
ケチなプライドが邪魔をしていた。

自分の欲求を実現する為ではなく
債権者や社員やお客に

立派な社長として認めてもらおうという
姑息な考えが致命傷になった。

知らず知らずの内にこころが傷ついていた。

本当は仕事もやりたくない
会社へも行きたくない
再建社長なんてやりたくない

そんな気持ちを無理やり押さえつけて
頑張っている再建社長を演じ続けていた。

受身の気持ちが悩みを作り出していた。

自分の気持ちを欺いて生きてきた。

なぜ自分だけが
こんな辛い人生を歩まなければいけないのか

なぜ父はこんな酷い人生に
私を巻き込んだのか

そんな恨みや
憎しみを我慢して生きていることに
疲れ果ててしまった。

自分を殺して生きていくことに
疲れ果ててしまった。

そして10年目に
ダムが決壊するように

心の壁が
ガラガラと崩れおちた。

もういい。
もう十分頑張った。

これ以上出来ない。
やれといってもこれ以上は出来ない。

辛い、助けてくれと心の中で叫んだ。

涙が止まらなかった。

いままで辛くて
泣くことなんか一度も無かったのに。

泣くだけ泣くと
心が不思議なほど平静になっていた。

誰も恨まず
自分の人生を呪うこともせず

自分や妻や子のために
生きたい。

そんな気持ちになれたことで
受身の人生から脱出することが出来た。





にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 05:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月19日

失敗社長「老後なんてくそ食らえ!」


失敗社長「老後なんてくそ食らえ!」

昨年末に60歳になったが
毎朝起きるたびに歳が若くなって
いるような気がする。

身の不幸を嘆き
何故こんな人生になってしまったんだと
世間をすねて見ていたころは

毎朝起きるたびに10歳も歳をとったように
ガックリと疲れ果てていた。

心が元気になったキッカケは
5年前の失敗人生の公開だった。

あれも出来なかった。
これも出来なかった。

再建社長どころか
再建会社を消滅させた失敗社長だ。

再建社長の10年間は
「こんな人生に何故巻き込んだ」と
父を恨むことで恐怖から逃れようとしていた。

しかし苦しむだけ苦しんだら
その果てにわかってきたことがあった。

自分や自分の周りに起こったことには
自分にも責任があるということだ。

そう思える様になったとき
鉛が入ったような心と体が急に軽くなった。

そんな顛末を洗いざらいHPで公開した。

引き摺っていた過去と本当の意味で
決別することが出来た。

自分の人生をどう見るかで
こんなにも毎日の気持ちが変わってしまうとは
自分でも予想外だった。

色んなものを
上手に捨てられるようになってきた。

自分が我慢をしているのだから
相手にも同じことをしてくれという手前勝手な
要求もしなくなった。

お金も物もあればあるだけでいい。
無ければ無いだけでいい。
あるがままの姿でいい。

いまの偽らざる心境は
「老後なんてくそ食らえ!」という感じだ。

私の生き方を根こそぎ変えるような
HPでの失敗人生の公開だった。





にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 02:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月17日

失敗社長「重症だけど生きているんだから」


失敗社長「重症だけど生きているんだから」

再建と言う言葉は何か美化されていて
大儀が認められているような響きがある。

実態としては迷惑をかけた多くの人に
更に迷惑を上乗せして

生き残らせて欲しいというお願いだから
当事者としては当然のことながら深い罪の意識がある。

「若いのに大変だな」「苦しくても頑張れよ」
と再建社長を励ましてくれる言葉はもらった。

しかしそんなことを言われる度に
孤独な気持ちになっていった。

社会から受け容れられるわけがない。

口では励ましてくれていても
本音は罪を犯したものとして拒絶されている。

にぎやかな会合にいくと余計孤独感が深まる。
そして帰り道でふぅ〜ぅっとため息をつく。

あぁ自分は仲間はずれなんだと思うと
寂しさがますます募ってくる。

やがてそれは屈辱感になっていった。

最初はその悲劇的な状況を
何とか克服しなければいけないと頑張った。

頑張らなければ
とんでもない事になってしまうと

自分を追い詰めることで
何とか切る抜けた。

しかし恐怖で
そんな気持ちを駆り立てる方法は
長く続くはずもなかった。

そして酒も飲めないくせに
毎晩のように飲み屋に逃げ込んだ。

水割り1杯で深夜まで過ごすことが
燃え尽きるのを防ぐ手立てだと
いま思えば馬鹿な理屈で逃げ回っていた。

周りのおねぇちゃんは
ここをせんどとボトルの酒をがぶ飲みしているから
お金のかかりも只事ではない。

しかし自分の命をお金で買って
いるような心もちだから

幾らかかろうと
知ったことではなかった。

そして再建会社もお金も
自分のこころも体もみんな燃え尽きた。

周りには誠実に生きてきたかもしれないが
自分のこころに誠実ではなかった。

何のために生きてきたのだろう
誰のために生きてきたのだろう

そう問いかけても
すぐに返事がでてこない自分に気がついた。

喜こんだり悲しんだり
そんな神経が無くなっていた。

そこまで行ってようやく気がついた。。

自分の生き方は間違っていたと認めた。
自分の能力はとことん無いと認めた。

そして何も出来なかった自分を
許すことにした。

そんな結果になってしまったけど
十分頑張ったと自分のこころを解き放して
あげることにした。

泣いた。子供のように泣いた。
でもなんだか生き直せるような気がした。

何もかも無くしたけど
妻もいる。子もいる。健康な体もある。

不幸だ、不幸だと思うことを止めよう。
そんな生き方とは金輪際決別しよう。

瀕死の重症だが死んだわけではない。
生きられるだけ生きてやる。

過去におさらばして
新しい人生に立ち向かう気持ちが
少し湧き出てきたときだった。



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月15日

失敗社長「あの日から始まった・・・」


失敗社長「あの日から始まった・・・」

父の会社が負債30億で倒産して
再建社長になってから

自分の人生は何て不幸なんだろうと
思わずにはいられなかった。

しかしその事実を最初から
有りのままに受け容れられたわけではない。

自分は何も悪い事をしていないのに
何故こんな酷い目に会わなければいけないのか

何故わたしだけ
こんな苦しい目に会わなければいけないのか

こころの中ではいつも
そんな気持ちが渦巻いていた。

前社長の父と意見が対立して
険悪な関係になったときは

親父がまいた種なのに
なぜ息子の私にこんな思いをさせるのかと
父親の愛情さえ疑った。

それもこれも受け容れるのが
恐ろしくて事実を認めようとしなかった。

何とか気持ちの中で折り合いをつけなければ
大変な事にになるとわかっていた。

それでも
そんな不幸な人生だなんて
そんな辛い人生だなんて

間違いなくそれが
自分の人生だなんて認めたくなかった。

10年が経過して
心も体もボロボロになったとき観念した。

もうこんな気持ちで
生きて行くことなんか出来ない。

失敗人生だったと認めよう。
他の人とは違った特殊な人生だと認めよう。

なんの因果か知れないけれど
辛い人生を生きていくのが自分の定めなんだと
取り敢えず納得しよう。

死ぬ前くらいには
神様がこんな試練を与えた理由を
教えてくれるかもしれない。

そう思ったときから
父への恨みも薄らいできた。

自分を責める気持ちも薄らいできた。

楽になった。
心が楽になった。

自分がやるべきことが見えてきた。

無いものねだりではなく
有るものを探して

自分の力の限り
生きればいいと思うことが出来た。

他の人とは違った人生であっても
丸ごと受け容れて

自分のありのままの生き方をすればいいと
思うことが出来るようになった。

それから20年が経ち
予想通り華々しい成果は何も出ていない。

「人生は思うようにはいかないもんだ」
「人生はうまくいかないもんだ」

そんな気持ちが偽らざるところだが

誰も恨まなくなった。
誰も憎まなくなった。

自分や自分の周りに起こることは
自分にも責任があると思えるようになった。

不幸な自分を受け容れたあの日が
あったから

いま新しい人生を生きていると
思えるのだろう・・・




にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 04:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月13日

失敗社長「色んなことを受け容れられた日」



失敗社長「色んなことを受け容れられた日」

いま振り返ってみると
再建社長時代に撮った写真は1枚もない。

妬み恨みが
心の中に充満していた時だから

そんな想いが顔にも出ていたはずだから
残っていなくて良かったかもしれない。

周りの景色も見えていなかった。

視界には入るのだが
あぁ美しい花だとか感じることがない。、

だから他人の気持ちもわからない。

いくら好意に満ちた話をしてもらっても
必ずその裏にある意図を探ってしまう。

そして一人になると
不安な気持ちの自分と

前向きに考えようとする自分の
葛藤がはじまる。

毎晩布団に入って寝付く前には
目覚めたときに奇跡が起こっていて

全て状況が良くなっていることを
無意識のうちに念じている。

毎日が悔いることばかりだった。

過去の決断さえも
間違っていたのではないかと
思い始めていた。

生まれたときから
もう一度やり直したいと思うほど
追い詰められていた。

そんな苦しい
日々も10年目を迎えたころ

ようやく自分の
心にも決着がついてきた。

どうやっても過去は消せない。

いままでのように
悔いて悔いているばかりで
お前は生きていけるのか・・・

そんな辛い人生に
お前は耐えて抜いて生きていけるのか・・・

どんなに頑張っても過去は消せない。

ここいらで観念しよう。

何て能力の無い自分だったと
何て酷い失敗人生だったんだと認めよう。

すると体中から空気がすぅ〜っと抜けていった。
鉛の入ったような心が軽くなっていった。

木々の緑が目に入ったとき
きれいだなぁ〜っと感じることが出来た。

風の音さえ心地よく思えるようになった。

失敗した過去を断ち切って
生き直そうという気持ちになれたときだった。

ありのままの自分でいい。

死ぬ前に「精一杯生きた」と
自分に言える人生であればいい。

そう思った20年前のあの日のことは
いまでも鮮明に覚えている・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 06:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月11日

失敗社長「期限付きの努力」


失敗社長「期限付きの努力」

倒産してまだ会社の去就が定まらないころ
債権委員会と交渉を開始するために
再建社長をまず社内で互選することになった。

前社長の退陣は簡単に決定して
NO.2の同族が選ばれた。

そのころ私は息子とはいいながら
影の薄い存在で

誰も再建社長に推薦しなかったが
特別落胆することもなかった。

正直言えば負債30億の会社の
再建社長になれば

下手をすれば
人生は破滅すると思っていた。

しかし社内の提案は
債権委員会で敢え無く否認され

求めてもいないのに
再建社長に指名された。

かくたる考えもなく
だらぁ〜っと生きていた私には

とても簡単に出来る返事ではなく
「逃げてしまおうか」
「いや逃げて逃げきれるものではない」
とか心が千路に乱れていた。

結局逃げ出せる大義名分は
当然のことながら見つからず

本音を言えば
極めて消極的な「イエス」の返事だった。

誰にも話はしなかったが、自分の心の内では
再建の期限は10年と決めていた。

1年ももたず
破綻する可能性もあったが

取り敢えず行ける所まで行って
そこでもう一度考えるしか無いと思った。

一生を会社に捧げて再建を果たすなどという
そいう立派な考えにはなれなかった。

そして始まった再建社長の生活は
予想をはるかに超えた困難の連続で

身も心もボロボロに成り果てて
挙句に再建会社を消滅さえることになった。

計画して10年目になったわけではないが
再建を期してから丁度10年が経っていた。

何の成果も出せたわけではないが
個人的には収穫もあった。

辛いことをやるときには
小刻みに期限を切ってから始めることを覚えた。

「取り敢えずこれは一年頑張ってみよう」とか
「これは1ケ月頑張ってみよう」とか
自分で勝手に期限をつけた頑張り計画だ。

色々考えてから行動することが面倒。
数字をいじり始めると頭が割れそうになる。

努力することが大の苦手で
出来ればそんな事は回避したい。

そんな性格の私が
いくらかでも真ともにやっていくのには

見るからに辛い作業は
細切れにしてから少しづつこなして行くしかない。

すると辛さも細切れになって
心の負担も少しは軽くなる。

そう思い込んでから30年近くが経った。

自分でも継続力は
いくらかましになっていると思う。

とにかく継続だ。
期限付きだろうが何だろうが。
継続は一つの力だ。

それが継続力を大の苦手とする
根っから怠惰な性格のわたしの実感だ・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 05:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!

2009年06月09日

失敗社長「乗り越えられるギリギリのサイズだった」


失敗社長「乗り越えられるギリギリのサイズだった」

再建社長になり苦しくて苦しくて
逃げ出したいような気持ちになっていたとき

こんな不運な人生は
誰かに貶められたんだと考えていた。

しかしよくよく考えてみると
一人息子だからといって

親の会社に入らずに別の道を選ぶことも
出来ない話ではなかった。

しかし誰かの所為にして愚痴を言わなければ
とても自分を支えきれなかった。

そして10年が過ぎた。

結果は惨憺たる有様まで
跡形も無く再建会社を消滅させることになった。

いつも逆境を誰かのせいにして
自分で壁を作っていた。

どうして自分にだけ
こんなに大きな壁が立ちはだかるのかと
落胆していた。

どうして私だけ
こんな試練を与えられるのかと
嘆いていた。

しかしこんな人生はヤメにしよう。
このままじゃとても生きられない。

そんな気持ちで壁の前にへたり込んで
眺めてみると

それはとんでもなく
大きい壁ではなく

ギリギリで何とか
乗り越えられそうなサイズに見えた。

苦しいときは信じられなかった自分を
もう一度信じてみようと思った。

人の所為にばかりしていた
自分の生き方が間違っていたのだから

生き方を変えればいい。

自分で選んで自分で決める
結果は何もかも自分で引き受ける。

そんな人生ならば
生きられそうな気がした。

どんな人間にも与えられた役割があって
与えられた生きき場所がある。

そんな風に想うことが出来た。

溜まりに溜まった人生の宿題を
解決する方法は

自分にしか出来ない
自分らしい生き方をすることだった。



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング

Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!

liberty_house at 05:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月07日

失敗社長「在庫整理で生き直す」


失敗社長「在庫整理で生き直す」

まるで野良犬のように飲み屋街をさ迷っていた
酷い生活も3年目を迎えたころ

どこからか声が聞こえてきた
「もういいんじゃないか」
「もう十分に苦しんだじゃないか」

すると何かがすぅ〜っと
体から抜けていって

あんなに心臓を締め付けていた
ものが嘘のように無くなっていった。

正直ほっとした。

このまま行ったら
只事ではすまないと思っていた。

この人生はどこで、どういう風に
決着をつけるのか、つけなければいけないのか
そんな恐怖心が常につきまとっていた。

とにかくこんな酷い日々を
断ち切らなければいいけないと思った。

そして再建会社を自分の手で
消滅させることを決めた。

失敗したら破滅すると思っていた。
全てを失ってしまうと思っていた。

しかしもがき苦しんでも
逃げ出さなかったことで生きる力は
何とか残すことが出来た。

これからどうして
生きていこうかと考えたとき

気がついたのは人生の「決算棚卸し」
と「不良在庫の整理」だった。

何故こんな人生に
巻き込んだんだという父への恨みつらみ

覚悟の船出をしたはずなのに
その決断さえも後悔している自分のだらしなさ

何で自分だけが
こんな辛い人生を送らなければいけないのかと
幸せそうに生きている人への妬み

こんな在庫は処分してしまおうと決めた。
これだけでも心が随分と軽くなった。

生き直すための力になるものを
在庫しなければいけないと思った。

妻や子ときちんと向き合う時間は
もっともっと必要だと思った。

自分の力が無いのだから
努力して、ひたすら努力して生きていく

そんな想いはしっかりと
持たなければいけないと覚悟した。

再建社長の失敗の10年間は
自分が生き直すために必要な準備期間だった。

いま100年に一度の
困難な時期を迎えているのは
誰も否定できない事実だろう。

しかし考え方を変えると
次の良い時代を生きるための
準備期間のようにも思える。

見失なってしまった
こころの優しさとか思いやり

どこにも見当たらない
一家団欒

肩の力を抜いて
飾らない生き方をしようと思うと

大事にしなければいけないものが
みんな見えてくる。

みんなが生きやすい
次の時代を迎えるためには

人間らしく生きるための
在庫整理から始めることが必要だと思う・・・




にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 08:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月06日

失敗社長「どうでもいいことに怒っている自分」


失敗社長「どうでもいいことに怒っている自分」

60歳を過ぎているのに
つまらないことでよく腹を立てる。

ファーストフードで渡される順番が
少し違っただけなのに怒ってしまう。

宅急便の人が少し遅れただけなのに
怒ってしまう。

まるで小さい子が自分の思い通りに
ならないことで

駄々をこねているようだと
自分でも思う。

まさか60歳にもなって
色んな修羅場も経験して

そんなくだらないことで怒るような
自分では無いはずなのに・・・

いくらなんでも
そんな馬鹿なことなどやらないはずなのに・・・

でもそんなときは決まって
自分の心に嘘をついている。

色んな人から相談を受けているのだから
自分は立派な人間なんだとだと

勘違いしているときに
そんな過ちをおかしている。

だからそんな時には良い回答が出来ない。

自分の心が葛藤しているときには
人の気持ちなどわからない。

逆に自分の心が素直なときには
相談にくる人の気持ちが実によくわかる。

まるで手に取るようにわかる。

自分に欠点があったっていい。
自分は立派でなくてもいい。
自分は強くなくてもいい。
ありのままの自分でいい。

そんな風に思えた時には
素直な回答ができている。

相手に起こっていることを
深く理解することができている。

そんなことも、こんなことも
わかっているつもりなんだけど
出来ていない未熟な自分がいる。

幾つになっても反省することの
何と多い人生なんだろう・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月04日

失敗社長「絶望の時期が教えたこと」


失敗社長「絶望の時期が教えたこと」

負債30億の会社の再建社長になったのには
幾つかの理由がある。

そんな絶望的な状況の再建社長に
成り手がいなかったこと

それまで影の薄い存在だったので
新しい人材に見えたこと

前社長の息子だから
逃げ出さないだろうと債権者が思ったこと

私自身がひょっとして
本気になれば再建社長が務まるのでは
ないかと何となく思えたこと

そんな曖昧なわけのわからない理由で
再建社長になりスタートをすることになった。

しかし会社の中身は予想してたより
はるかに深刻な状態だった。

高度成長の恩恵を享受できていた時代には
底に潜んでいた醜悪な部分が

まるで火山の噴火のように
一度に噴出していた。

同族間での派閥抗争
父である前社長と現社長の私の対立

再建という文字など
何処かに吹っ飛んでしまうほど

そんなくだらない問題で
それぞれがエネルギーを浪費して
疲れ果てていた。

「混乱はここに極まれり」
という状態だった。

「絶望」という文字が
その頃よく頭に浮かんでいた。

「時が解決する」と
慰めてくれた人もいた。

しかしそんな風にはとても
思えなかった。

実際時間が幾ら経過しても
追い詰められた気持ちは少しも
楽にならなかった。

再建社長を
引き受けたことを後悔した。

何と愚かしい選択をしたのかと
反省をした。

再建社長になる前の人生も
間違いだった。

生まれてきたことさえ
間違いだったと思うようになってきた

そんなとき
何処からか声が聞こえてきた。

「お前に起こった不幸は
 なかったことには出来ないんだぞ」

そのとき過去の人生に決別しようとする
覚悟が出来た。

もういいい
もう十分苦しんだ。

恨みつらみで生きるより
もう1回新しい人生を生き直してみよう。

そんな気持ちになれたとき
心と体がすぅ〜っと軽くなった。

生きてさえいれば何とかなる。
そんな立派な人生でなくてもいい。

死ぬ前に「精一杯生きた」
そう思えるような人生にしたい。

絶望の時期は
そんな答えを出すのに必要な時間だった・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 02:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月03日

失敗社長「ゼロ歳児のように」


失敗社長「ゼロ歳児のように」

負債30億で父の会社が倒産した
直接の原因は

古くからの仕入先から持ちかけられた
甘い話に乗ってしまった事だった。

長年の取引での信用を逆手にとって
父をたらし込んだ遣り口は憎んでも余りあるが

まんまとそれに嵌った迂闊さもあるのだから
こちらにも大きな過失がある。

その当時は年商10億近くで
借入金は1000万にも満たなかった。

おまけに薄利の商品ばかりで
それをこつこつと販売しての結果だった。

持ちかけられた甘い話は
汗一つかかづに

200万〜300万の儲けが出る
文字通り「濡れ手に粟」の取引だった。

しかしそんな旨い話が続くわけも無く
最終的には4億4千万も焦げ付いて敢え無く
倒産という憂き目にあった。

経営理念みたいなものは上手に書いて
額縁に収まっていたが

経営者の心の額縁には
まるで入っていなかった。

血の出るような想いで
作り上げた経営理念だったら

こんな取引はおかしいと
経営者がすぐに気がついたと思う。

現実は理屈のすり替えでことを進めていた。

困っている仕入先を
あたかも救済するような

人助けとも言っても良いような理屈を
かってに作り上げていた。

その結果が当時県内史上最高の負債額での
倒産ということになった。

父のそういうぬるい性格は
私も持ち合わせている。

良く言うと融通の利く性格で
豆腐のようにどんな形にもなることが出来る。

悪く言うと芯がない。
こう生き通すという信念みたいなものがない。

いま60歳を過ぎて
どう生きれば良いかを考えている。

あまりにも遅い。
あまりにもお馬鹿さんだと思う。

しかし生き直そうと思っている人生だから
まぁゼロ歳児みたいなもんだ。

こういう勝手な理屈を駆使して
長いこと生き抜いてきた。

これを方便というのか
処世術というのか

いやまだまだ
人生の勉強が足りないのだろう。

いやそれに違いない・・・



にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部 

2009年06月01日

失敗社長「失敗から学んだ夫婦の関係」

失敗社長「失敗から学んだ夫婦の関係」

再建社長での10年は
焦りの10年間でもあった。

何とかして
社員の気持ちを掴もうとしたが

追えば追うほど
相手は逃げるばかりだった。

ある日突然倒産したことで
社員の経営者に対する不信感は根強く

また同じことを
繰り返すのではないかと常に疑っていた。

それに同族での抗争が加わって
誰もが不安な気持ちで毎日を過ごしていた。

だけど同じ人間同士だから
いつか理解し合えると思っていた。

しかしそんな甘い結果になることは
一度としてなかった。

再建会社を
自分の手で消滅させることになって

ふと後ろを振り返ってみると
私についてくるものは一人もいなかった。

参った。正直参った。
何故だ!何故こんな結果になったんだ!

そう自分のこころに問いかけた時
おぼろげながらわかったことがある。

それは理解し合えない事柄を
出来るだけ明確にしてそれを出発点に
するべきだったということだ。

不正な取引で
信用を失墜した経営者

それによって
不安な生活を強いられた社員

確かに話し合って議論を交わして
理解し合おうということは無駄ではないが

それよりも大事なのは
いろんな矛盾や問題点があることを前提として

相手を尊重することだった。
その上で社員の意見を聞くことだった。

誰も社員がついて来ないのは当然だった。
失敗社長の記憶にも記録にも残る大失敗だった。

妻との関係でも同じようなことが言える。

大まかで努力しない性格の私と
きちんとしないと気が済まない妻の性格は
およそ両極端といっても良いくらいだ。

しかし夫婦は
血が繋がっていないのだから

他人だという前提では
一致している。

その上でお互いが
踏み込まない領域を作ったり
立ち入らない領域を作ったりしている。

するとまるで理解し合っている様に
いい関係になっている。

結婚してから既に35年が経過した。
二人とも予想もしない波乱の人生だった。

愚痴一つ言わずついて来てくれた妻を
私はこよなく愛しているが

妻が同じくらい
愛してくれているかどうかは定かではない。

本心はとても
恐ろしくて聞くことは出来ない。

知らぬが花
ということもあるから

このまま聞かないで
置いたほうが無難かもしれない・・・


にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

人生リベンジ倶楽部 無料体験コーチング


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


liberty_house at 17:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!失敗社長の人生リベンジ倶楽部