2010年04月01日
ごあいさつ
【人生リベンジ倶楽部】イメージムービー
失敗社長!今瀬保男の七転び八起きBLOGにご来訪いただき、ありがとうございます。
私は30歳で負債総額30億の借金を背負い、文字通り「失敗社長」の道のりを歩いてきました。
「そんな自分の失敗体験をブログで公開することで、何かしら人の役に立てることもあるのではないか」
「みんなが私のような失敗はしてほしくない」
そんな思いから、このブログを立ち上げることになりました。
本業では個人事業主の確定申告をサポートする記帳代行サービスを行っており、その中で「今瀬ヤスオのやすらぎ無料相談」と銘打ったメール相談には24時間365日、さまざまな相談が寄せられます。
なかにはビジネスと関係のない悩みや相談をもちかけてこられるかたもいらっしゃいますが、私でお役に立てるならと、どんな質問や相談にも答えるようにしています。
この度、メール相談だけでは対処しきれないほどお問い合わせが増えてきたことを受け、リバティハウスの新たな事業として、人生相談コーチングサービス「人生リベンジ倶楽部」をオープン致しました。
どうぞ、いつでもお気軽にお声がけください。
<サービスのご案内>
■記帳ドットコム
--当社サービス案内のほか、青色申告10万円控除(アオジュー申告)の解説、今瀬ヤスオの「やすらぎ無料相談」など様々なコンテンツで個人事業主の皆様をサポートしています。
■リバティハウス株式会社
--創業20年、のべ3000人以上の個人事業主に確定申告をサポートしてきた実績。記帳代行サービスの申し込みはコチラからどうぞ。
■人生リベンジ倶楽部
--ビジネス、家庭、人間関係など、人生でぶつかるあらゆる問題をサポートし、解決へのお手伝いをするコーチングサービスです。
■メディア掲載履歴
--日経新聞、日経ベンチャー他、各種メディアへの掲載履歴はこちら。
■ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
--ライブドアパブリッシングより発売中です。
2009年12月19日
失敗社長「どん底に感謝」
失敗社長「どん底に感謝」
30才で再建社長になってからの時代を
「どん底」というのだろううが
いま振り返ってみると
私にはどうしても必要な時期だったのだと思う。
それまでの人生は
厳しく自分に問いかける事も無く
「まぁこのぐらいで」と
ぬるぬるで生きていた。
だから生きていく芯のようなものが無くて
人間関係のしがらみに
矛盾を感じながら
それに同化しようとしていた。
要は自分に都合の良い理屈で
「いい塩梅」で生きていた。
それがいきなり奈落の底に落ちたのだから
自己嫌悪、自己否定で自暴自棄になり
気持はいままで経験した事がないほど
深く深く落ち込んでいた。
幸いだったのは
中途半端な地獄でなかったことだ。
まるで力が無いのを
つくづく認めさせられる時間だった。
開き直るだけの根性が無い
小心者だということを認めた。
年商10何億なんて会社を
指揮するなんて
とてもとてもそんな器でないのも
自分で理解できた。
精神的に追い詰められると
最後に頼るのは妻の存在だということも
よぉくわかった。
完膚なきまでに叩かれたことで
自分に執着している余裕が無かった。
だから反省して
自分の力が足りないところは
頭を下げて人様に
お願いしなければいけなんだと
思えるようになった。
だからいま反省に継ぐ反省の日々だ。
しかし反省すれば
失敗社長が成功社長になっているかと
いうとそんなことは無い。
「反省だけなら猿でもできる」
というぐらいだから
それだけでは事は簡単に進まない。
しかし生きていくのが
辛くはなくなった。
毎日毎日生きていくのは
大変なことばかりだ。
だけど大変だけど辛くない。
そして自分の身の丈一杯
力を出し切るように生きたいと
思っている。
自分の寿命が尽きるその直前まで
精一杯生きたいと思っている。
形あるものも無いものも
多くのものを失った人生だったけど
あの「どん底」時代が無ければ
傲慢で醜悪な自分になっていた様な気がする。


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月17日
失敗社長「私はこう生きた」
失敗社長「私はこう生きた」
学生時代に都会の雑踏にいるときは
それだけで楽しくなってしまった自分がいた。
最近渋谷や新宿に行くと
なぜか人々の苦しむ声が聞こえて
くるような気がする。
とくに若者の不安やイライラ感が
限界まで達しているように感じるのは
私だけだろうか。
倒産して敗者復活戦に廻った
私のほうがまだ幸運だと思えるくらい
現状は厳しく冷たいかもしれない。
求人も少なく
就職しても非正規雇用が多く
それさえも中々
得る事が難しい状況だ。
「頑張れ」と言ったって
「どう頑張ればいいんだ」と
言い返したい状況だろう。
しかし時代のせいにしても
麻生さんのせいにしても鳩山さんのせいにしても
結局何の解決にもならない。
わたしは倒産して再建社長になりながら
「こんな人生になぜ巻き込んだ」と
前社長の父を恨み憎み続けた。
なぜ私だけが
こんな過酷な人生を
引き受けなければいけないんだと
自分の運命を呪った。
それもこれも
避けられない定めだったんだと
自分に与えられた試練だったんだと
思えるようになるのに
10年もかかった。
結局誰かのせいにして
恨んでも憎んでも何の結論も出なかった。
だから不承不承でも
それはどこかに一時預けて
とにかく一歩でも半歩でも
前に踏み出さざるを得なかった。
それから20年が経ち
自分の人生を振り返ったとき
やはり完全には心の中で
消化できているとはいえない。
いまでも何て世の中は不公平なんだと
思う気持がよぎる時もある。
もっと違った
選択があったのかも知れないと
ふっと思うときもある。
しかしとにかく前に進んできた。
出来不出来は別にしても
何とか自分の人生に食らい付いてきた。
それだけは後悔していない。
その選択だけは間違っていなかったと
自分を評価できる。
問題はその結果だが
現在の結果はとても
華々しい成果が挙がっているとは言えない。
しかし自分の力を出し切っての結果だから
これを能力というのだろう。
力を出し切って得た結果は
例えそれが自分の思い通りではなくとも
何とか受入れられる。
若者に「こう生きよ」などとは
言える立場には無いが
私の場合は「こう生きた」と
伝えて生きたい。
それが「失敗社長」の私に出来る
精一杯のメッセージだから・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月15日
失敗社長「失敗人生でわかったこと」
失敗社長「失敗人生でわかったこと」
倒産したことで
気持の中で一番ダメージがあったことは
担保に入っていた自宅の処分と
白昼の引越しだった。
当時30才で自分の器量で求められた
住まいではなかった。
それでも売却の期限が迫って
借家への引越しというのは
多くの人に大きな迷惑をかけた
立場としては至極当たり前のことだが
結構辛い作業だった。
その時空を見上げて
あぁこれで妻や子供達にも
幸せはあげられないと思ったことは
いまも鮮明に覚えている。
それでも再建社長時代の10年間は
個人も会社もありったけの土地を
一生懸命売却していたから
そんな気持も一時的には失せていた。
しかしその後の引越しも
5回6回と続いていくと
その度に少しづづ
不幸になるような心境だった。
そんな脆くも崩れそうな
私の心と家庭を救ったのは
妻の「お帰りなさい」という言葉だった。
私も玄関前まではしょぼくれていても
思わず「ただいま」と言ってしまう。
確かに形あるものは何もかも失った。
負債30億での倒産そして再建だから
当然のことだろう。
しかし今大きくなった息子達は
そんな大問題が起こっていたのは
あまり記憶にないという。
家は借家になった。
しかし家庭が無くなったわけではなかった。
子供達が覚えているのは
親と語らったり食事をしたり
近くの公園で陽が落ちるまで転げまわって
遊んだりしたことだった。
二人の息子もそれぞれに家庭を持ち
暮らすようになり
今更ながら逆境の中で
支えてくれた妻への感謝を想う。
家族と過ごした何気ない時間が
今はとても幸せだったと思える。
失敗と挫折の人生は
「家庭はこころの中にある」
という事を教えてくれた・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月13日
失敗社長「あのとき捨てた何か」
失敗社長「あのとき捨てた何か」
大学を卒業して父の会社へ入ると
全体の3割が同族7割が他人
その3割の同族中で
激しい主導権争いがあった。
義理人情、建前と本音
切ろうとすればするほど縺れる
同族のつながりは
まるでヤクザ社会のようだった
そんな緊迫した状態の時に
県内史上最高の負債額30億で倒産
しかも再建社長は古参の同族が
債権委員会に否認されて
実力は未知数の社長の息子に
なったのだから混乱に拍車をかけた。
それでもあっちにぶつかり
こっちにぶつかりしながら
何とか社内をまとめようと
自分なりに努力してみた。
しかし根本がゴチャゴチャしているんだから
とても収拾がつかない。
それじゃなくても半年毎に
債権委員会へ出席しての状況報告
その都度まるで足りない資金から
約束の金額を返済。
だんだんエネルギーが失われていくのが
自分でもよくわかった。
何も良い結果を出せず
6〜7年目には完全に自信喪失
進むも退くも出来ず
飲み屋街でくすぶって憂さを晴らすようになった。
誰も助けてくれない。
逃げ場は何処にもない。
かといって自分の人生に
自分で止めをさすほどの度胸も無い。
文字通り八方塞がりで
野良犬のように毎晩徘徊する日が
3年も続いた。
助けてもらいたかった
前社長の父とは再建方針で対立していた。
社員にはとうの昔に愛想をつかされていて
私に付いて来るものは誰もいなかった。
「もうこれ以上出来ない」
体の奥のほうから
そんな叫び声が聞こえてきた。
もう十分だと思った。
もう十分苦しんだと思った。
格好悪い人生だと思った。
誰にも認めてもらえない酷い人生だと思った。
誰に嫌われてもいい。
誰に非難されてもいい。
そして覚悟をした。
もぉ何もかも捨ててやる。
根こそぎ捨ててやる。
そして再建会社を消滅させた。
同族幹部との関係も完全に捨てた。
親の意見も聞かなかった。
それで絶縁されればそれでもいいと思った。
それまでの取引先との人間関係も
切り捨てたくて
再起にはまるで関係ない
新しい事業をあえて選んだ。
それで救われた。
人生に一息つくことが出来た。
立ち往生していた自分に
必要だったのは
能力をオーバーしていた部分を
切り捨てることだった。
無理に器を広げようとして
自分で生きていく道を見失っていた。
全てのものを手に入れようとして
全てのものを失っていた。
あの時捨てた何かで
いま前向きに生きている自分がいる・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月11日
失敗社長「捨てる事が出来て楽になった」
失敗社長「捨てる事が出来て楽になった」
誰もが予想もしていなかった。
自分でさえも全く有り得ない事だと思っていた。
そんな雰囲気の中で
倒産会社の再建社長になった。
再建であろうとなかろうと
社長の仕事は「決断」だった。
路上試験も無いまま
いきなり経営のトップになったのだから
「決断」いっても
まるでやり方がわからない。
いい結果を出そう。
皆に喜んでもらおう。
こうしたらあの人は気分を害するだろう。
あぁしたらこの人は怒り出すだろう。
そこを何とかうまくやらなければ
社長の仕事なんて勤まらない。
そんな考えだから
「決断」に至るまでの考えが定まらない。
人生の何たるかを未だ知らないくせに
俄か仕立てで
立派に再建社長の仕事を
成し遂げようと本気で考えていた。
厭な事は厭。嫌いな奴は嫌い。
出来ない事は出来ない。
それでつけられた点数が
たとえ20点でも30点でも
だからと言って
誰にどうされるわけでもない。
それなのに
皆に評価されたかったから
この程度の社長かと揶揄されるのが厭だったから
無理に自分の力で乗り越えようと思った。
だから迷った。大迷走だ。
そして混沌とした10年が経ったころ
にっちもさっちも行かなくなった。
「どうして誰も助けてくれないんだ」
「なせ俺だけがこんな
苦しい人生を生きなければいけないんだ」
もう持ちきれなかった。
完全にぺしゃんこに潰れそうだった。
そして全て放り投げた。
自分の手で再建会社を消滅させた。
それで助かった。
それで何とか救われた。
社長の「決断」というのは
「捨てるものと」「拾うもの」を
はっきりとすることだった。
捨てる覚悟をしたら
それだけで気持が楽になった。
上手く行かなくてもいい。
誉められなくてもいい。
出来ない自分を受け入れる。
ありのままの自分を受け入れる。
失敗社長経験は色々なことを
教えてくれた。


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月09日
失敗社長「何所からか湧いてきた生きる力」
失敗社長「何所からか湧いてきた生きる力」
「人生というのは中々
自分の思い通りに行かないものだ」
再建社長でその会社を消滅させたとき
そういうものなんだと
無理やり自分に言い聞かせて
それまでの10年間に幕引きをした。
本音を言えば愚痴もある。
こんな人生に誰がしたと文句も言いたい。
恨みつらみの気持が
跡形も無く消えたわけでもない。
しかし過去に捉われて
クヨクヨしていてはとても生きていけなかった。
だから色々なものは
取り敢えず心の奥底に封じ込めた。
色々なものを失って
逆に生きていく覚悟も出来た。
もう十分不幸な生活だから
これ以上悪くなるという不安もない。
要は心配のタネが無くなった。
人生を自分に都合のいいように
考えるようになった。
どう転んでも失敗した過去は
隠しようがない。
酷い失敗経験も
そう考えると生きる重荷にはならなかった。
それから20年が経過して
無理やり封じ込めた自分の辛い過去は
心の中では溶けてなくなっていた。
とても耐えられないと
泣きたいくらい酷い日々だったのに
「なぜあんなに辛かったんだろう」
思えるようになっていた。
自分が一生懸命
生きてきた結果であれば
どんな形であろうと
受け入れればいいんだと気がついた。
過去の良いことも悪いことも
出来たことも出来なかったことも
全部ひっくるめて受け入れればいいんだと
素直に認められるようになった。
あぁ苦労した。こぉ苦労した。
そんな過去のことを考えているときは
まるで生きる力を失っていた。
これからどう生きようと
考えられるようになったとき
体のどこからか
生きる力が湧いてきた。
過去を振り返りながら
いまの自分を精一杯生きる。
そんなことがわかるのに
60年という時間がかかった。
それが遅いのか早いのか・・・
いずれにしても
それが自分の人生なんだと
いまは納得して
前向きに毎日を生きている。


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月07日
失敗社長「自分で作り出していた悩み」
失敗社長「自分で作り出していた悩み」
再建社長時代は
何一つ上手くいかない現実に
あぁしなければいけないとか
こぉしなければいけないとか
神経を張り詰めている毎日だった。
誰も頼りにならない。
こんな不幸な目にあっている私など
誰も気にかけてくれるはずもない。
そう思い込んでいた。
だから誰にも相談もせず
また相談しようなどという心の緩みがなかった。
本音を言えば不安だった。
失敗して破滅するのが怖かった。
再建が失敗すれば
生きる為に必要なものは
何もかも失って
自分を支えられるものでは無いと
勝手に思い込んでいた。
そして10年目に結論が出た。
「もうこれ以上できない」
「もうこれ以上苦しまなくてもいいんじゃないか」
そんな声が体の中から聞こえてきた。
何もかも失った。
形あるものも無いものも全て失った。
もうこれ以上失うものは何も無い
という状況になって
そんな失敗社長の私を
自分で受け入れることができた。
結果は惨憺たる有様だったが
自分の力で出来る事はここまでだと
納得する事ができた。
すると頑なに守ってきた自我が
不思議なことにゼロのような状態になってきた。
これからの人生がどう展開するのか
まるで読めなくなってきた。
そして気がついた。
自分が友人や知人や家族に
支えられて
生きていたことにようやく
気がついた。
自分の悩みは自分自身が
作り出していたことにようやく気がついた・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月05日
失敗社長「せつない想いを知っているから」
失敗社長「せつない想いを知っているから」
再建社長になり1年も経ったころ
東京へ家族と引越しをすることになった。
社長が会社に不在になることは
異常な選択だった。
社長と言えども新米で
旧来の事業にはあまり役に立たなかったこと
自社製造の機械が億単位の在庫を抱えて
全国販売で打開しなければいけなかったこと
そんな表向きの理屈はあるが
実際は同族間の魑魅魍魎の闘いに巻き込まれ
放り出されたというのが
今だから言える偽らざる真実だ。
再建計画自体が途方もない
高い高い壁のようなものだった。
おまけに何億もの在庫機械を
極めて短い時間で販売しなければいけない。
営業所は亀戸においたが
昔のメリヤス工場だったところで
心配して訪れた妻の父が
その外観をみて絶句して帰ったような按配だった。
孤立無援とか天涯孤独とか
そんな言葉がピッタリした状況だった。
車も持たず地下鉄を乗り継いで
まるで砂漠を独りでさ迷っているような
虚しい日が続いた。
しかしその中で親身に応援してくれる
人にも巡り合うことが出来た。
不安で不安で堪らなくなっているときに
「状況は常に変化している」
「諦めずに希望を持つ事だ」
「努力を続けていれば必ず活路は開ける」
そんな話しをして励ましてくれた。
それが自棄になり苦闘している私にとっては
心の闇を照らしてくれる、一筋の小さな光になった。
何とか後少し頑張れば水戸へ帰れる。
もう一度当たり前の再建社長の仕事が出来る。
そう思えるようになっただけで
こころが平静になった。
いま色々な相談を受けていても
何の解決が出来ているわけではない。
解決できない問題だから
悩んでいるわけで
わたくしごときが
スパッと相手が納得するような
回答ができるわけではない。
しかし私はあの時の苦しみをしっている。
何とかしようと思っていても
どうにも出来ないせつなさを知っている。
だからひたすら話しを聞く。
悩みを聞く。
それで少しでも
悩んでいる人の力になれれば
与えられた自分の役割が
果たせるのではないかと思っている・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月03日
失敗社長「自分の務めは何か」
失敗社長「自分の務めは何か」
再建社長を引き受けたのには
幾つかの理由はあるが
「逃げ出すわけにはいかなかった」
というのが正直な本音だ。
しかし再建計画がスタートしてからは
そんな消極的な気持ではなく
「ひょっとしたら奇跡は起こるのではないか」
と必死の気持で毎日を過ごしていた。
それでも3〜4年経つと
とてもじゃないけど今の自分の器量では
全く埒が明かないのがわかってきた。
経営者としての器量が如何に足りないかも
うすうす気がついていた。
それを納得するのに
とんでもなく長い時間がかかった。
2年も3年ものた打ち回り
もうこれ以上頑張れないとギブアップして
よういやく不承不承
自分の能力の無さを納得する事ができた。
中小企業家の
集まりに誘われて参加した時も
せっかく断ち切った
人間関係のしがらみをまた作ることに
躊躇が無いわけではなかった。
しかしメンバー構成の年齢を見ていると
同年輩はかなり少なく
黒子というか、脇役の仕事が
求められているのかと参加する気持になった。
自分もそんなことが出来ると思っていた。
聞き役になるとか、調整役になるとか
そんなことに徹すればいいのだが
あるときは発言が多すぎたり
自分でなくても決められる話に
わざわざしゃしゃりでてしまったり
生臭いことをしている。
勿論60数年の人生経験は
それはそれなりに何かはあるかもしれないが
助言者の立場をきちんと自覚して
意見を育てるという役割を果たせてこそ
はじめてその価値がある。
自分の務めに徹することで
はじめてその役目を果たせる。
中小企業家の集まりも
日に日に会員が増加している。
これを引っ張っていくのは
若い力でしか有り得ない。
紆余曲折の人生で得た
脇役としての力をどこまで発揮できるか
年の割りに何を生臭いことを考えているのかと
鼻をつままれるか
失敗社長の評価が決まる
正念場かもしれない・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年12月01日
失敗社長「幸いしたいい加減な性格」
失敗社長「幸いしたいい加減な性格」
休みになると同年輩くらいの
夫婦連れによく出会う。
穏やかな表情の夫もいれば
誰にともなくブツブツ文句を言って
不機嫌な表情の夫もいる。
普通はある程度の年になれば
温厚になっていくのだろうけれど
私の場合は無駄に血が騒いでいる感じで
温厚などとは程遠い。
目尻も下がって白髪頭で
ダイエットしたと言っても
大型特殊車両みたいな体格だから
あまり直情的には見えない。
しかし生まれつきなのか
水戸人特有の性質なのか
短慮で怒りっぽい性格が実は潜んでいる。
結果的にそれを何とか補っているのは
かなりいい加減な性格や考え方だ。
大体がきちんと一つの事を
仕上げるのが出来ない。
いまでこそ
幾らかましになってきたが
いつも足して2で割るというような
いい塩梅のやり方だ。
再建社長を含めて
永年経営の勉強をしていても
もう一つこれという成果が出ないのは
多分この所為だと思う。
血気盛んな頃は
自分の器量がまるで分からず
それでも
勢いだけで突っ走っていた。
しかし失敗を重ねて
自分の能力、他人の能力が分かってくると
不思議とこのいい加減な性格が
心のバランスに役に立ってくる。
所詮力が無いのだから
あるだけの力を出し切ればいい。
落合監督じゃないけど
俺流のやり方で生きればいい。
金儲けは下手なのだから
無理にそんな仕掛けはしないほうがいい。
あまり金が無いのだから
格好ばかりつけていてもしょうがない。
まことに都合よく
そんな想いで生きることができる。
老いての生き方を学んだのか
ただ自分に都合よく考えているだけなのか
それは定かではない。
しかしもっともっとと欲張って
生きていた頃より朝の目覚めが格段に違う。
あの恨みつらみで生きていた毎日は
誰の人生だったのだろう・・・
人間というものは変われるんだと
いま実感している。
もちろんろくでもない方に
変わっているかもしれないが・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月27日
失敗社長「苛立っているから上手くいかない」
失敗社長「苛立っているから上手くいかない」
再建社長時代よりは幾らかましになったが
イライラ病が中々治らない。
自分の思い通りにならないと
イライラ
ほんのつまらないことでも
イライラ
再建社長時代は半年毎に
債権者への返済と報告義務があった。
社内では耐える事のない
同族幹部とのバトルロイヤルが続いていた。
だから昼間ガマンにガマンをして
夜になって飲めない酒を飲んで
恨みつらみのあてどもない
ヤケクソ生活だった。
そんな酷い生活から比べれば
まるで天国のような今の生活なのに
胃潰瘍で救急車で運ばれるような
神経が痛めつけられた日々から比べれば
まるで別世界のような毎日なのに
感謝なんて気持をスッカリ忘れて
苛立っている。
先日上手な話し方の講演があった。
息が上がっていると
声が上ずって相手が聞きづらい
肩の力を抜いて丹田に力を入れて
低い声で話すと声が通りやすいとのことだった。
何か最近の自分のことを
丸裸にして見透かされているようで
思わず考えさせられた。
自分がここまで
何とか生きてこられたのは
妻や子の
支えがあったからだ。
会社がここまで
何とかやってこられたのは
社員の人の
支えがあったからだ。
そんな人達への感謝を忘れて
苛立っているから何もうまくいかない。
失敗社長未だその経験を生かせず・・・
反省の日々は続く・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月25日
失敗社長「未だ続く反省の日々・・・」
失敗社長「未だ続く反省の日々・・・」
再建社長の10年を経て
跡形も無くその会社を消滅させることになった。
あぁしなければいけない
こうしなければいけない
その一つ一つ方針は決して
間違ってはいなかった。
しかしそれを伝え理解してもらう
方法が間違っていた。
兎に角てんで伝わらない。
大声を張り上げて
なぜわからないんだと絶叫しても
ビクともしない。
大山鳴動してネズミ一匹どころか
アリさえ動かない。
まず教えようなんて不遜な考えでいたのが
大間違いだった。
子飼いの古参の連中がビッシリいるのだから
理屈のハナシではまず動かない。
こちらが真摯に努力して
その姿勢見て何かを感じてもらう。
まぁそれが精一杯のところだった。
しかし若気の至りで
「全社一丸になろう!」などと
大きな事ばかり、派手な結果ばかり
考えて足もとをすくわれた。
足りない力で「教えよう」とするより
とにかくひたすら頑張って「気付いてもらう」
そんなひたむきさが必要だった。
そんな失敗を繰り返して
十分そんなことは勉強したはずなのに
現実は同じようなことを
またやってしまっている。
周りのものが失敗をした時にも
「なぜそんなことを」と指摘するやり方だ。
「そんなことを」やってしまった原因に
自分が気付かなければ
ただ注意されたという事実だけが残って
あまりプラスにはならない。
だからどう考えての行動だったのか
これからどんなことを考えて
行動していかなければいけないか
それを問いかけて考えさせて
気付かせることが必要だ。
評価したり判断したり
注意したりするよりも
ひたすら「聞く」という作業が
その為には効果的だ。
そこまでわかっていて
現実にはそれを実行できない。
失敗社長反省の日々は
60才を越えてまだ続いている・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月23日
失敗社長「60才を越えて惑う」
失敗社長「60才を越えて惑う」
大学を卒業して父の会社に入り
まず考えたのは
自分の力はどれほどのものなんだろう
ということだった。
まだまだ時間もあることだし
そんなことは自然に
わかってくるのだろうと
高を括っていた。
ところが晴天の霹靂で
30才で再建会社の社長になり
実践の中で
それは検証されることになった。
当初は命懸けで自分がやれば
何も出来ないことはない。
ひょっとしたら
天下も取れるのではないかと
本気で考えていた。
いま結果が出ていないのは
本気をだしていないからだと
確信していた。
1年が経ち2年が経ち
幾ら本気を出しても結果が出ない。
6〜7年が経ったころには
「こんなはずではなかった」と
再建社長になったことまで
後悔し始めていた。
それから3年間七転八倒して
自分の経営能力が
如何に無いという事を
ようやく本心から認めることができた。
いま中小企業家の集まりに参加して
いくらかの役についている。
果たして
自分の器で果たしうる役なのか・・・
自分の力以上の役を引き受けて
無責任な仕事にならないか・・・
そんな気持がよぎって来る。
それはこころの奥底に
もう既に捨ててしまったと思った
功名心があるからだ。
いいことをしている自分を
人に認めて欲しい。
出来れば誉められたい
そんな人目を気にする気持があるからだ。
そこそこの年になって
未だ自分の器量がわからないのかと
問われた時の恥ずかしさとか
懸念もかなりある。
かといって結果を恐れて
何もやらないという
意気地の無いことも出来ない。
だから出来るだけ
感情的なものは排除して
何とか自分の器を見極め
活動をしようと思っている。
「我、いまだ木鶏たりえず」
どこかで聞いたような文句が
ふっと脳裏にうかんできた・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月21日
失敗社長「うまい話」
失敗社長「うまい話」
失敗と挫折の連続の人生で
わかったことは
この世に「うまい話」などは
ないということだった。
父の経営していた会社が
4億4千万もの不良債権を発生させたのも
古くからの取引のセールスマンから来た
「あまい話」にまんまと乗ってしまったからだ。
結果はあまい話どころではなく
超激辛の結果になった。
年商15億の実績を
コンスタント残していた会社を
あっという間に倒産させた。
市内に所有していた
2000坪の土地を全て
売却する羽目になった。
それでも足りなくて
借金返済の為に
再建会社で億単位の
返済をしなければならなかった。
だから今は「うまい話」などはない
ということが瞬時にわかる。
例え「うまい話」にのって
大金を稼いだところで
それを使う時間が
ふんだんに残っているわけでもない。
大体自分が死んでも
通夜も葬式もやらなくても・・・
なんて考えているくらいの
超面倒くさがりだから
ゴチャゴチャした話自体が面倒だ。
だから何十年の失敗人生も
まんざら役に立たないわけではなかった。
再建会社を消滅させるという
大失敗をしたときは
もうこれは取り返しのつかない
酷い痛手だと思った。
しかし今振り返ると
本当の自分を認めることが出来た
貴重な経験だった。
全てを失って
失う事の恐怖から解放された。
何とかやれている内は潜んでいた
過剰な自信や
何とかやれている内は保とうと
思っていた
見栄や体裁や面子などは
木端微塵になった。
お陰で心も体も軽くなった。
年を取ると「死に欲」というものが出て
物に執着することがあるらしい。
お陰でそちらとも縁がなくなった。
七転八倒の失敗人生も
満更無駄ではなかったと
最近密かに思っている・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月19日
失敗社長「失敗して見つけた生き方」
失敗社長「失敗して見つけた生き方」
再建社長になる前も
同族経営の混乱の真っ只中にいて
毎日毎日楽しいことなど
何も無かった。
しかしそれが世の中で
修行のようにそんな事を乗り越えて
いかなければいけないんだ
これが世間というもんなんだと
自分では理解していた。
父の会社が倒産して再建社長になると
それは確信に近くなってきた。
不平、不満、悪口、陰口
泣き言、文句、嫉妬、恨み
必死で生きようと思えば思うほど
自分の心を掻き乱す言葉が飛び交っていた。
そして疲れ果てて
「もうこれ以上出来ない」と
敗北宣言をした。
一生懸命生きるのをやめた。
一生懸命生きることが出来なくなった。
力がまるで入らず腑抜けのようになった。
そこで初めてわかった。
世の中なんて
自分の思い通りになんかならない。
そして自分の思い通りにならないことを
悩んでいたことがわかった。
何かものすごいことが出来る
自分を探していた。
そんなものは
何処にも無いことがわかった。
すると目の前のことを
丁寧にやれるようになった。
心も平静になってきた。
生きるということは
楽しいことなんだとわかった。
再建会社を消滅させるという
失敗と挫折の結果は
文句を言わず泣き言を言わず
淡々として生きよということを教えてくれた。


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月17日
失敗社長「一喜一憂」
失敗社長「一喜一憂」
不思議な話しだが
倒産して再建社長になるという事実を
きちんと受け止める事が出来たのは
相当な期間が経ってからだった。
勿論自分が描いていた人生には
そんな予定があるはずもなく
どんなリスクがあるのか
どんな可能性があるのか
まったく掴みどころが無い。
毎日落ち込んだり有頂天になったり
その繰り返しだった。
無我夢中であっという間に
時が過ぎていった。
幸せだとか不幸だとか
楽しいだとかつらいだとか
常に他人との
比較で考えていた。
困難な状況であることを
しっかり受け止めて
その中で自分らしい
生き方をすればよかったと
今はわかる。
しかしその当時は
一喜一憂するばかりで
自分で勝手に不幸な人生だと
色をつけていた。
こんな特別な経験をしてきたから
幾らかでも人の役に立ちたいと
失敗社長体験を報告する機会を
何回か与えてもらった。
そして色々なことを教えようと思ったが
それはトンデモナイ間違いだとわかった。
体験した事実を報告して
その間に自分が得た知識を知らせて
そういうときの考え方や
やり方を見せればいいんだと気がついた。
いま参加している中小企業家の集まりで
「自主性」ということが大きなテーマになっている。
本人がやる気になって
「俺がやらなければ誰がやる」という
雰囲気をつくることが
みんなに求められている。
その意味が
最近ようやくわかってきた。
自分から体験して
自分で色々感じること
他人の人生と比較をしないで
事実を受け止めること
そんなことが今になってしか
理解できないのだから
何と遠回りの
人生なんだろうと思う・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月15日
失敗社長「いい加減の具合」
失敗社長「いい加減の具合」
自他共に認める波乱万丈の
人生だった。
それを招いた原因を自分なりに
分析すると
自分の性格と関係するところは
決して小さくない。
良く言えば義侠心がある。
悪く言うと
頼まれれば中々ノーと言えない
優柔不断な性格がある。
言い方を変えると
「情に流され易い」とも言えるだろう。
そして色々なことを引き受けては
その約束を果たせず
結局「言行不一致」との評価を受けて
周りの信用を失う。
おまけに「何故出来なかったんだ」と
後悔してどつぼにはまっていく。
再建社長時代の10年間は
その繰り返しだった。
おまけに
「自分は命懸けでやっているのだから
お前達も命懸けでついて来い」と
究極の一人合点をしていたことが
火に油を注ぐ結果になった。
なるべくして
再建会社を破綻させて
なお生き続けられたのは
自分の別の一面が関係する。
それは「いい加減な性格」だ。
丁度良い加減なのか
きちんと出来ないいい加減なのか
そこが問題だ。
再建を失敗させたのは
「きちんと出来ないいい加減」のほうだった。
しかし追い詰められた気持から
何とか生き返られたのも
不思議な事に
同じ「きちんと出来ないいい加減」だった。
そんな生き方で
結果としてわかったのが
「肩の力を抜いて楽に生きる」
ということだった。
失敗した自分を
否定するのではなく
丸ごと自分を
受け入れるということだった。
良いも悪いも変えようが無いのが
自分の性格だが
その長所と短所を自覚して
自分の感情をコントロールする。
そんな生き方だったのがが
何とか生き残って来られた理由のような気もするが
60才を越えた今自分を振り返ってみても
「これだ」という確信はない・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月13日
失敗社長「失敗社長の行く末は・・・」
失敗社長「失敗社長の行く末は・・・」
こうしなければいけない
あぁしなければいけない
そう心の中に思っていても
まったく別の行動をしてしまう。
再建社長で塗炭の苦しみを味わい
苦闘の果てに
自分の力が如何に足りないかを
学んだはずだった。
ところがところが
謙虚に生きるべしとのこころがけなど
スッカリ忘れてしまい
つまらない所で見栄を張ったり
自分の意見をごり押ししたりしている。
どう考えても
自分に商才が無いゆえに
金運にも見放されている
わけなのにそれを理解していない。
だから懲りずにもうひと花もふた花も
咲かせようと、日々妄想を逞しくしている。
だからこんなブログを書いて
そんな邪まな心の動きを収めようと
努力をしなければ
またぞろ同じ失敗をするだろう。
いま参加している中小企業家の集まりでも
黒子に徹したり、裏方に回ったり
自分が果たさなければいけない
役回りがあるとわかっているつもりだった。
現実にはついつい自分の発言が
多くなったりして
人の話を聞こうという雰囲気などを
作る事ができない。
経営者としても人間としても
まっとうに生きる道筋を示さなければいけない
年齢であり立場であるはずなのに。
人生の終盤にかかってきて
未だ納得する生き方が出来ない。
はたして意志薄弱な
失敗社長の今後の人生は如何に・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!
2009年11月11日
失敗社長「苦しみ方が変わったとき」
失敗社長「苦しみ方が変わったとき」
一人空を見上げて
何で俺だけがこんなに辛い目に
会わなければいけないんだと
深い溜息をついた日もある。
こんな酷い毎日がいつまで続くのかと
絶望した時もある。
そんな苦しみを背負いきれなくて
飲めないくせに無理やり自棄酒を飲んで
「誰か喧嘩を売ってこないか」と
とぐろを巻いていた荒んだ日もある。
自分はきっと
苦しむ為に生まれてきたのだと
運命を呪った日もある。
しかし何とかその時期を耐えきった。
本音を言えば死ぬほどの勇気も根性も
持ち合わせていなかった。
そして自分は強くないんだと
認められるようになった。
辛い時には涙を流す
弱い人間だと認められるようになった。
そんな自堕落な人間だから
生きるのではなく生かされているんだと
感謝するようになった。
すると心が平静になった。
もっともっとと
思って生きてきたときには
あんなに波風が立っていた
自分の気持が
嘘のように穏やかになった。
失敗や挫折で流した涙や
心の傷は
そんな気持を
得る為に必要な経験だったんだと
今は思うことが出来る・・・


Web
ネットで稼ぐ人のための日本一わかりやすい確定申告!
全文掲載しています!掲載情報も更新中!





